胃がん治療に新たな選択肢 注目「CLEAN NET」とは何だ?

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 胃がん治療の新たな選択肢として、内視鏡と腹腔鏡を組み合わせた治療法が注目を集めている。昭和大学江東豊洲病院消化器センター長の井上晴洋医師に聞いた。

 胃は内側から、粘膜、粘膜下層、固有筋層、漿膜下層、漿膜の5層で成り立っている。胃がんの7割は、粘膜か粘膜下層内にがんがとどまった早期がんだ。早期胃がんの場合、従来の治療法はまず、「腹腔鏡による胃の3分の2切除あるいは胃全摘」。腹腔鏡は、腹部に5カ所程度の小さな穴を開け、そこから腹腔鏡と手術器具を入れ、胃の外側からがんを切除する。

 開腹手術に比べ患者の負担は少ないとはいえ、胃が3分の2あるいはすべてなくなれば、術後は生活の質(QOL)が下がる。そこで、胃のごく一部にできたがんに対し、より負担が少ない治療法として登場したのが「内視鏡治療」だ。口から内視鏡を入れ、がんが発生している胃の粘膜を電気メスで剥離する。現在行われているのは「内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)」という方法だ。

「ところが、胃の粘膜に潰瘍瘢痕(潰瘍の治った痕)があるとESDができないことがあります。この場合は、腹腔鏡で胃の外側から胃壁の筋肉ごと胃がんを切除する方法が取られてきました。これを胃部分切除術といいます」

 この方法だと胃がんは切除できるが、治療後、空腹時や満腹時などに胃がムカついて不快感を覚えるようになる。伸縮性が悪い筋肉ごと切除したため、胃が変形してしまうからだ。

■変形もほとんど起こらない

 そこで行われ始めたのが内視鏡と腹腔鏡を組み合わせた治療で、全身麻酔で行う。

「内視鏡で胃がんとその周辺の切除部分に印をつけます。腹腔鏡で胃の外側からがんに接した部分の筋肉だけ切除。がんごと胃壁の外に持ち上げ、自動縫合器をかけて、持ち上げた部分を切除します」

 これが可能なのは、伸縮性の悪い筋肉と違い、粘膜は伸縮性に富んでいるからだ。“がんごと胃壁の外に持ち上げて切除”は、焼いてプクーッと膨れ上がった餅をイメージすると分かりやすいかもしれない。餅の外側部分が胃壁の筋肉。膨れ上がっている時の伸びている軟らかいところが胃の粘膜。餅の外側部分(筋肉)は一部切るだけにして、伸縮性に富む粘膜は餅を伸ばすように持ち上げて切除するのだ。

「内視鏡と腹腔鏡の組み合わせで、筋肉は最小限に、粘膜のがんは最大限に切除できます。これによって、胃の変形もほとんど起こりません」

 さらにメリットは、腹腔鏡で筋肉は切っているものの、粘膜はそのままなので、胃の内容物が外にこぼれるリスクがゼロであることだ。腹腔鏡で胃の外側から切れ目を入れ、がんを切除する場合、その切れ目から胃の内容物がこぼれるリスクがある。そこにはがんが含まれているので、最悪の場合、がんが腹部にまき散らかされることになるのだ。これが完全に回避されるのは大きい。

 内視鏡と腹腔鏡を組み合わせたこの治療法を、井上医師は「CLEAN―NET」と名付けた。「露出しない方法を使った腫瘍に対する内視鏡と腹腔鏡を組み合わせた治療アプローチ」という意味と、“胃の内容物が外にこぼれない”ことから「清潔な網」の意味をかけている。健康保険適用だ。

「『CLEAN―NET』を無理に推し進めていけばいい、とはまったく考えていません。広範囲の胃切除術がベストの患者にこの治療を行えば、がんの取り残しにつながる。患者さんの状態に応じて最も適した、かつ過不足のない治療を行うべき。そういった意味で、腹腔鏡による手術と、内視鏡による胃がん剥離の間に新たな治療法ができたことは、選択肢の幅が広がり、患者さんにとってメリットがあります」

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