迫り来る貧困…「高血圧の薬」は定年後どうするべきか?

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 人並みの所得の半分以下の所得層の割合を示す数字を相対的貧困率という。2015年国民生活基礎調査によると、現役世代(18~64歳)のそれは13・6%、65歳以上は19・5%。人手不足と言われながら50代以上のリストラが続いている現状を考えれば、定年後はつましい生活を強いられる人も多いはず。そうなれば「たかが1日100円程度の薬価の違い」などと笑ってはいられない。人生100年時代に多くの中高年がお世話になる高血圧の薬はどう考えればいいのか? 東京大学薬学部非常勤講師で「武蔵国分寺公園クリニック」の名郷直樹院長に聞いた。

■脳卒中や心臓病の最大リスク要因

「高血圧は脳卒中や心臓の病気を発症する最大のリスク要因で、高血圧患者に対する厳格な血圧コントロールは医療費の費用対効果に優れていると多くの研究で証明されています」

 例えば降圧治療は年齢にかかわらず有効で、脳卒中は30~40%程度減らせる。高齢者を除くと心筋梗塞に対する効果は脳卒中よりも小さい。

 80歳以上の超高齢者であっても上の血圧(収縮期血圧)150㎜Hgを目標とした降圧で脳卒中が少なくなる、などがわかっている。

 ただし、「高血圧治療ガイドライン2014」は第1選択の高血圧の薬として「利尿薬」「カルシウム拮抗剤(CCB)」「ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬」「ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)」を推奨しているが、どれかひとつが飛びぬけて優れているわけではない。

「利尿薬は血液中のナトリウムと水を尿として体外に捨てることで血液量を減らして血圧を下げます。CCBはカルシウムイオンが血管の細胞に取り込まれるのを防ぐことで血管を拡張する、ACE阻害薬やARBは血管を強烈に収縮させるレニン―アンジオテンシン系の一連の仕組みの一部を邪魔する、などそれぞれ違った作用で血圧を下げます。しかし、この4種類の降圧薬の合併症予防効果に格別大きな差はありません」

 これは1999年以降に発表された複数のランダム化比較試験で証明されているという。

「糖尿病の薬は血糖値の下げ幅の大きさが必ずしも合併症の予防効果に直結しませんが、血圧の薬は血圧の下げ幅と脳卒中予防効果はほぼ一致します。その意味では利尿剤はもっと注目されていい。尿酸や血糖を上昇させたり、電解質異常を起こす懸念があるなどといわれていますが、降圧効果は他の薬と遜色なく、安いからです。最も値段が高いARBが最も多く処方されている現状は異常なことです」

 しかも利尿剤は尿細管でのナトリウム再吸収を抑制する。塩分を取り過ぎの日本人を“塩害”から守る役割もある。

 ジェネリックであれば利尿薬と同じく安価なCCBやACE阻害薬も値段の高いARBより評価されていい存在だ。

「ただ、ARBもさらに薬価が下がれば、せきが出るACE阻害薬より使いやすいかもしれません」

 高血圧患者の多くは単剤の降圧薬で目標値を達成することは少なく、複数の降圧剤を使うケースが多い。そんなときは配合剤のメリットは大きい。

 実際、ARBとCCB、ARBと利尿剤、3剤の配合剤が保険薬として認められている。配合剤は単剤併用群に比べて薬の飲み忘れを防ぐ。患者が主体的に正しく飲む服薬アドヒアランスを3割も高め、血圧正常化率が1・3倍も高いともいわれている。

 薬価との兼ね合いを考慮すれば、ACE阻害薬とCCB、ACE阻害薬と利尿薬の配合剤を作って、それを利用するのがより安価な薬となって良いと思われるが、そのような配合剤はどの製薬会社からも発売されていない。

「高齢者の中でも上の血圧だけが高い人は安くて効果が出やすい利尿薬を使うといいでしょう。ただ、痛風、糖尿病、腎不全、心不全、心筋梗塞の既往がある人は個別の状況にあった降圧薬の選択が必要です」

■勉強している医師・薬剤師を見つけて相談を

 とはいえ、薬の知識のない患者がこうした適切な判断をするのは困難だ。

「その場合は、勉強している医師にかかりつけ医になってもらい“安い薬にしたい”と告げることです。大抵の医師は何も言わなければ、出入りの製薬会社の営業マンが勧める高い薬を出しがちです。しかし患者さんが望めば、安くて良い薬を探してくれるはずです」

「医師には言いづらい」という人は勉強している薬剤師に相談すればいい。今使っている薬の類似薬にどんなものがあり、いくらくらい安くなるか、その目安を教えてくれる。

 現在、国の薬剤費は10兆円を超えるともいわれ、政府は後発医薬品の使用に必死。いずれはそれでも足らず薬剤の自己負担額の引き上げを図るだろう。持病の薬が年々増えていく定年後の高齢者は、安くて良い薬を選ぶための工夫を今からしておくことだ。

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