天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

ハートシートは心臓移植を待つ患者さんに大きなプラス

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

「ハートシート」を使った心筋の“再生医療”が一般的にも広く普及しそうな環境が整ってきました。「拡張型心筋症」や「虚血性心筋症」といった心筋が衰弱して心臓のポンプ機能が働かなくなる疾患を対象にした治療法です。

 ハートシートとは、患者さんの大腿部の筋肉から取り出した骨格筋芽細胞を培養し、シート状にしたものです。そのシートを衰弱した心臓の表面に貼り付けると、シートから肝細胞増殖因子、血管内皮細胞増殖因子、線維芽細胞増殖因子などのサイトカインが分泌され、心臓の表面で血管新生が起こります。これが血液供給の増加につながり、カチカチになっていた心筋が柔らかくなって心臓の動きが改善されるのです。

 また、高分化細胞である骨格筋芽細胞を使ったハートシートは、未分化細胞のiPS細胞を使う再生医療とは違い、細胞ががん化しにくいというメリットもあります。画期的な治療法といえるでしょう。虚血性心筋症は、糖尿病などで動脈硬化が進み、冠動脈が狭くなって心筋に血液が送られなくなることで起こります。しかし、たとえばバイパス手術を行って血流を再開させても心筋症だけが進行し、重症心不全を招いて死に至る症例が存在することもわかってきました。拡張型心筋症もそうですが、最終的な治療法は心臓移植しかありません。ただ、現在の日本では心臓移植のハードルが非常に高く、実施される例も極めて少ない状況です。

■保険制度の改正で制限が外れた

 患者さんが移植を待っている間は、補助人工心臓を植え込む「ブリッジユース(橋渡し)」が行われます。しかし、補助人工心臓はバッテリーの駆動時間や機器トラブルのリスクなどで大幅に生活が制限されるうえ、製品価格を含めてトータルで2000万円くらいの費用がかかります。そうした“不便”を強いられている患者さんにとって、ハートシートは大きな救いとなるのです。

 ハートシートを使った治療はこれまでも保険適用でしたが、「心臓移植や補助人工心臓の植え込みを行える施設でなければ実施できない」という条件がありました。しかし、それでは恩恵を受けられる患者さんが少なすぎるのではないかという意見があり、今年4月の保険制度の改正を受けて、その制限が外されることになったのです。これに合わせ、当院でもすぐにハートシートを使った治療に取り掛かる予定です。

 実は最近、当院も補助人工心臓の植え込みを実施できる施設として認可を受けるために、チーム編成と手続きを進めていました。補助人工心臓に携わりたいという意思を持つスタッフが多いこともありますが、「ハートシートを使った治療を実施したい」という理由もありました。今回、ハートシートを使った治療の“縛り”が外れたことで、今後は補助人工心臓チームとハートシートの治療を別々に考えて進めていくつもりです。

 冒頭でもお話ししましたが、ハートシートを使った治療は、主に拡張型心筋症や虚血性心筋症の患者さんが対象です。中には、ハートシートを貼り付けただけで心機能が回復して治る患者さんもいますが、完治させるには心臓移植しかありません。基本的には移植までの“つなぎ”の治療といえます。

 それでも、患者さんにとっては大きなプラスになります。移植を待つために補助人工心臓を植え込む前の段階でハートシートを使った治療を行えば、大幅な生活制限を受けることなく日常生活を送りながら、移植を待つことができるようになるのです。

 心臓移植は臓器を提供していただくドナーが必要で、どうしても限界があります。移植を希望する患者さんも年々増加していて、日本臓器移植ネットワークに登録している心臓移植の待機者は、97年は8人でしたが、18年2月には665人まで増えています。登録したものの移植を受けられず、待機中に亡くなる患者さんも増えているのが現状です。

 ハートシートは、今後も増えるのは間違いない移植を待つ患者さんにとって、大きな福音になるでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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