末期がんからの生還者たち

急性骨髄性白血病<3>「長男提供の骨髄液で助かると…」

高松珠代さん
高松珠代さん(提供写真)

 2014年5月、高松珠代さん(当時52歳=神奈川県逗子市在住)は、急性骨髄性白血病のため「横浜市立大学付属病院」(神奈川県横浜市)で骨髄移植(造血幹細胞移植)を行った。

 およそ半年前から骨髄提供者を探していた。骨髄バンク登録者に接触する方法である。だが、親族や家族からの提供が理想的である。

 最初は妹が血液を検査した。だが、適合しない。次いで、血液が適合する3人の子供(長女、長男、次男)たちが提供を申し出て、そのうち長男から提供を受けることになった。

「私はこれで助かることができると思いました」

 5月9日に入院し、骨髄液を点滴で入れるため首にCVカテーテルを取り付けた。その後4日間、全身に放射線を照射する治療が行われる。

 新たな骨髄を体に入れる前処置として、高松さんの体にある血液細胞を完全に破滅させなければならない。

 2日間、抗がん剤(エンドキサン、サイモグロブリン)を投与して、血液細胞を徹底的に叩いた。そのうえで「GVHD」(移植片対宿主病=臓器移植に伴う合併症)予防の薬を飲む。

■6月に「肺水腫」を発症

 入院から13日目の5月21日、移植の日を迎えた。前日から入院していた骨髄液提供者の長男は、入院棟から手術室に移動。腰椎から骨髄液を抜く準備に入っていた。目標は800ミリリットルである。

 無菌室で手術を待つ高松さんに、担当医師が「これが息子さんの骨髄液ですよ」と血液が入ったビニールパック3個を見せてくれた。息子から採取した骨髄液のあまりの多さに、高松さんは感極まり枕を濡らしてしまう。

 やがてCVポートにチューブ、骨髄液が入ったパックをつなぎ、移植がスタートした。長男の血液が、母の体内にゆっくりと流れていく。

 途中、点滴棒を押しながら、ドナー提供の長男が笑顔で入室してきた。母に元気な姿を見せたかったようで、またここでも高松さんは胸を熱くしてしまう。

 骨髄液の移植は約3時間で終了した。心配していた拒絶反応(生着不全など)もない。ところが6月に入って、「肺水腫」が発症する。

 治療のため、集中治療室に2週間入院した。もう体は衰弱しヨロヨロの状態である。しかし、すべての治療が終了し、8月9日に退院した。

 自宅でメスの北海道犬、ペリカが待っていた。

「毎日、愛犬を世話することがどんなに癒やしになったことでしょうか」

 高松さんは徐々に体力が回復して17年6月、それまで勤めていた特別支援養護学校に連絡。非常勤の教員として社会復帰した。

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