天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

手術用ガーゼの置き忘れを防ぐ新しい技術が登場

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ
目視だけではどうしても限界がある

 手術の際、患者さんの体内にガーゼを置き忘れるミスが年に何度か起こっています。もちろん、医療者側は細心の注意を払い、さまざまな対策を行っていますが、それでも完璧に防ぎ切れていないのが現状です。

 昨年12月には、名古屋大学付属病院が数年前に手術した80代の女性患者に対し、置き忘れたガーゼが骨盤内腫瘍の原因になった可能性が高いとして患者と家族に謝罪し、賠償を行いました。また、ここ数年だけで、千葉、新潟、福岡、和歌山、兵庫など全国各地の病院でガーゼの置き忘れが発覚し、謝罪や賠償が行われています。

 出血量が多くなる胸部や腹部の複雑な手術では、止血して術野を確保するために大量のガーゼが使われます。血液を吸収したガーゼは臓器と見分けがつきにくくなるうえ、臓器同士の間に詰め込んで確認しづらくなる場合もあります。手術では、複数のスタッフが「ガーゼを何枚使い、何枚取り出したか」を必ずチェックしていますが、それでも見逃してしまうケースがあるのです。

 体内に残されたガーゼは、徐々に周囲と癒着して修復組織が入り込んだ結果、腫瘍のように居座って慢性の痛みや癒着する臓器の障害を来すようになります。これは「ガーゼオーマ」と呼ばれ、臓器にがっちり癒着して摘出が難しくなってしまう場合もあります。場所によってさまざまですが、腹痛、便秘、吐き気といったつらい症状が表れたり、壊死や穿通などの合併症を引き起こす可能性もあるのです。

 ガーゼの置き忘れを防止するため、いまはX線で確認できる糸を織り込んだタイプのガーゼが広く使われています。レントゲンに写るため、術後に撮影を行えば置き忘れがないかどうかを確認できますし、ガーゼの枚数が一致しなかった場合は、どこに置き忘れたかをすぐに特定できます。

■一度だけ縫合針を置き忘れたことが

 さらに、最近はガーゼ一枚一枚にGPSチップを埋め込んだタイプも登場しました。スマートフォンのGPS機能のように、モニターでかなり狭い範囲までガーゼがどこにあるのかを確認できます。置き忘れを防止するための最新の技術といっていいでしょう。

 手術では、ガーゼ以外にもメスや鉗子などの手術器具を置き忘れるミスが起こります。以前、再手術のために来院された男性患者さんでこんな置き忘れがありました。術前にCT検査をしてみると、小さな川エビのような影が写っていて「なんだろう?」と思っていたのですが、手術を行ってみると小さなプラスチック製の鉗子だったのです。かつて受けた手術で置き忘れたものでしょう。プラスチック製だから体に悪影響はありませんでしたが、もしも金属製だったら危険だったかもしれません。

 実は私自身も、一度だけ縫合針を置き忘れたことがありました。術後の検査で見つかったのですが、縫合針は固定されて動かないうえ、時間がたって血管の中に入っていってしまうような場所ではなかったので、血管クリップの固定と同じ状況と考えて問題なしと判断しました。再び開胸して縫合針を取り出すこともしませんでした。もちろん、患者さんには再手術の方が危険性が高く、定期的に胸部X線で位置を確認しておけばいいことをしっかり説明して、納得していただきました。

 しかし、後にその患者さんがたまたま訪れた医療機関で再手術を勧められたと連絡が来ました。おそらく、なんでもいいからとにかく手術をして実績にしようという方針の施設だったようで、再手術と現状維持とのリスク判断に不信感を持ったということでした。

 その患者さんは私を信頼してくれていただけでなく、周囲には「自分の体の中には、あの先生に置き忘れられた針があるんだ」と、むしろ自慢していると笑って話してくれました。その頃、私の名前が心臓手術の名医として取り上げられるようになっていたこともあって、「この針が私と先生をつないでいる」というお気持ちがあったといいます。懐かしい出来事です。

 最近は、手術器具にもGPSが搭載されたタイプが登場しています。技術の進歩が「置き忘れ」のミスを完全に防ぐ日も遠くないかもしれません。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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