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【緑内障治療】タフな視神経をつくり 視機能障害を改善

原田高幸分野長
原田高幸分野長(C)日刊ゲンダイ
原田高幸分野長 東京都医学総合研究所運動・感覚システム研究分野(東京・上北沢)

 緑内障は、40歳以上の20人に1人が発症する失明原因第1位の病気だ。

 目の中の房水と呼ばれる液体がうまく排泄できずに眼圧が上昇し、網膜や視神経が障害されるタイプと、眼圧が正常範囲内(10~21㎜Hg)の正常眼圧緑内障がある。日本では、正常眼圧緑内障が7割を占め、その20%程度は眼圧を下げても病気の進行を抑えられない。

 近年、網膜の視神経の層の厚みを調べる光干渉断層計(OCT)が普及し、視野異常が表れる前段階の前視野緑内障が分かるようになったことは画期的だが、治療法が点眼薬や手術などで眼圧を下げるしかないことに変わりない。

 そのため、20年以上前から、眼圧以外の視神経変性の原因と治療法の研究が行われている。原田氏はその最前線の研究者にして臨床医である。

「緑内障の発症は、加齢や動脈硬化による血流低下、酸化ストレス、脳脊髄液の低下、強度近視、遺伝などが複合的に関与していることが分かっています。強度近視の人は2・6倍、親・きょうだいに緑内障がいる人は9倍、睡眠時無呼吸症候群の人は10倍、発症リスクがアップするとの報告もあります」

 原田氏らが特に注目しているのが、光の情報を脳に伝えるために必要な神経伝達物質グルタミン酸とその輸送体だ。

「この物質には神経毒性があるため、その輸送体により網膜に特異的に存在するグリア細胞(ミュラー細胞)に取り込まれ、代謝されます。このとき抗酸化物質であるグルタチオンがつくられ、抗酸化作用も発揮する。逆にこの輸送体に異常があると、神経毒性と抗酸化機能の低下で視神経がダメージを受けるのです」

 米国ではこの理論から19年前に、8年かけて1100人の患者を対象にアルツハイマー病治療薬として販売されているグルタミン酸受容体拮抗薬・メマンチンを使った緑内障治療薬の開発が進められた。

 ところが、対象患者の緑内障に程度差があったことや検査方法に問題があったことで、偽薬群との差が出ずに開発は中止に。それ以降、製薬会社は費用と時間がかかる新薬開発を断念した。原田氏らはグルタミン酸輸送体をつくりだす遺伝子を欠損させることで、世界初の正常眼圧緑内障マウスをつくりだすことに成功。これを使い視神経を保護する既存の薬を探す研究を進めている。

「私たちが目をつけたのは古くから抗てんかん薬や気分障害、片頭痛の薬として使われてきたバルプロ酸です。最近、視細胞保護効果の可能性が報告されたからです」

■「眼圧を下げる」以外には3つの方法が

 緑内障のマウスをバルプロ酸を投与した群と、しない群に分けて、OCTで網膜神経節細胞死の違いを調べたところ、視神経保護効果が確認できたという。このとき神経栄養因子(BDNF)の発現が増えていたという。

 胃薬の成分であるGGAを経口投与すると熱ショックタンパク質(HSP)を誘導して視神経を守ることも分かってきた。

「通常、細胞が熱などのストレスを受けると、他の細胞を守るために細胞死させるか、新たにタンパク質をつくって破壊されたタンパク質を修復するか、修復不能なタンパク質を分解しようとします。そこで生後3~5週のマウスに胃薬を投与したところ視神経細胞の保護効果が見られました」

 さらにチーズ、大豆、納豆などの発酵食品に多く含まれるスペルミジンの研究も行われている。

「スペルミジンは長寿の人の腸でたくさん見つかります。細胞の中の古くなったゴミを処理するオートファジーの働きを活性化するなどして視神経保護に役立っています」

 最近は、マウスを1日おきに断食させることで網膜神経細胞死が抑制されることも分かっている。

「OCTで確認し、多局所網膜電位測定により、視機能障害も改善することが確認されました。人間の場合はカロリーを3割減らすことで同じような効果が期待できると考えています」

 つまり、緑内障の治療は「眼圧を下げる」以外に、「視神経保護作用のある薬や食品」「カロリー制限」を追加することで、さらに高い治療効果を得られる可能性があるという。

 最近は神経細胞でしか働かないDock3というタンパク質に着目。本来は再生しないはずの視神経を伸ばす研究も進めているという。

 不治の病である緑内障治療に光が見えてきた。

▽1992年北海道大学医学部卒。東京都神経科学総合研究所分子神経生物学研究部門部門長、東京都立多摩総合医療センター眼科非常勤医師などを経て現職。徳島大学大学院医歯薬学研究部眼科学分野客員教授兼任。〈所属学会〉北米神経科学会、日本眼科学会、日本緑内障学会、日本神経眼科学会など。

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