実録 父親がボケた

<2>ぼんやりすることが増えた父から「文化」がなくなった

写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 実はこの時、私はエンディングノートを家族全員に配っていた。それぞれ記しておくようにと渡したが、父は書かなかった。というか、書けなかった。意味が分からなかったようだ。エンディングノートは心身とも健康なうちに渡さなければ無意味だと知る。時すでに遅し。

 そして2015年。父は頻繁に転ぶようになった。ちょっとした、本当にちょっとした傾斜でも足がもつれて転倒。しかも防御すべき手が前に出ず、顔面から地面へと落ちる。当然、顔は流血と打撲の大惨事だ。

 頭も打っているので、転ぶたびに救急車を呼んだ。毎回検査をして、脳や骨に異常はないが、顔面は悲惨だ。試合後のボクサーのような顔なので、他人から「虐待されているのではないか」と疑われるレベルである。

 眼鏡も破損を繰り返し、とうとう父自身もかけなくなった。この世界を己の目で見届けようという意欲もまた、減退してしまったようだ。

2 / 2 ページ

吉田潮

吉田潮

1972年生まれ、千葉県出身。ライター、イラストレーター、テレビ評論家。「産まないことは『逃げ』ですか?」など著書多数

関連記事