独白 愉快な“病人”たち

荒井daze善正さん語る EBウイルスの恐怖とドナーへの感謝

SNOWBANK主宰・プロスノーボーダーの荒井daze善正さん(C)日刊ゲンダイ

 適合者が出てくるまで、そこから半年かかりました。その間、とんでもなくきつい抗がん剤治療が4回行われました。そうしながらでも病気の進行を抑えてドナーを待つしかなかったのです。

 そして、やっと見つかったのが関東在住の50歳の女性でした。ボクはその人に命を救われたんです。骨髄移植は強い抗がん剤で免疫力をゼロにして、1万5000ミリシーベルトというとんでもない量の放射線をかけて、完全に骨髄で血を作れない状態にしてから行われました。移植後もすぐに血は作られないので3日に1度は輸血です。2週間ほどすると移植された骨髄が血を作り始めるのですが、凄い高熱が出て体が闘うんです。けいれんしたり、記憶が飛んだりしながら1カ月が過ぎた頃、だんだん落ち着いていきました。おかげさまで、ボクの血液型はA型からO型になりまして、血液型占いを見るところが変わっちゃいました(笑い)。

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