天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「不眠」「睡眠薬」「心臓疾患」は密接につながっている

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 これまで何度かお話ししていますが、睡眠と心臓疾患には深い関係があります。

 1日の睡眠時間が5時間以下の人は心臓疾患の発症率が上昇し、4時間以下になると冠動脈性心疾患による死亡率が上がることがわかっています。睡眠不足になると交感神経が優位になっている時間が長くなり、神経伝達物質のアドレナリンが大量に分泌されます。アドレナリンは心拍数を増加させたり、血流を増やして血管を収縮させるため血圧が上昇し、心臓の負担が増えて疲弊したり、動脈硬化が促進されてしまいます。睡眠不足が血圧を上昇させ、それが心臓疾患につながるのです。

 また、血圧が高い人は睡眠薬に依存しているケースが多い印象です。高血圧の人は不眠に悩んでいる場合が多いという報告もあります。血圧が高くて眠れない、もしくは眠れないから血圧が高くなることで、どうしても睡眠薬に頼る人が多くなるのでしょう。

■睡眠薬に依存している人は高血圧体質が多い

 ただ、睡眠薬というのはいったん使い始めると徐々に効かなくなることもあり、一度効果が薄れるとどんどん効き目が強いものに進んでしまいます。8割方はそうした推移をたどり、依存性も表れます。繰り返し睡眠薬を使っていると、効果が切れてきたときに脳が薬を欲するようになるのです。かといって、急に薬をやめると今度は離脱症状が表れます。そうした厄介な依存性により、中には複数の医療機関からいくつも睡眠薬を処方され、フラフラになってしまっている高齢者も少なくありません。

 2014年の米国心臓学会では、ある種の睡眠薬に依存している患者さんは、心臓発作のリスクが50%アップするという研究が報告されています。なぜそうなのかの仕組みはまだわかっていませんが、急性心筋梗塞だけでなく、大動脈解離のリスクも増加したといいます。

 たしかに季節の変わり目には、不眠で睡眠薬を常用している患者さんが大動脈解離を起こして救急搬送されるケースが目立ちます。急に気温が上がったり下がったりするなど、気候に変化があるタイミングが危ないのです。いずれにせよ、「不眠」「睡眠薬」「高血圧」は密接な関係があるのは間違いないでしょう。

 睡眠薬を常用している患者さんは、心臓の手術をする際もかなり厄介です。手術中、麻酔が効きにくかったり、血圧が高めに推移してコントロールに苦労します。それだけではなく、もっと大変なのが外科医の力が及びにくい部分の問題です。

 日頃から睡眠薬を飲んでいる患者さんには、手術を受ける前に睡眠薬を一時的にやめてもらいます。すると、実際は眠れていても患者さんのほとんどは「眠れない」と訴えて不満をため込み、術前の体調管理に悪影響を及ぼします。また、手術後に睡眠薬を再開した場合は転倒事故を起こしやすくなり、管理上のトラブルを招きやすくなります。

 つまり、「睡眠薬を飲みたい」という患者さんの権利を認めるか、病院側の「安全管理」を優先させるかのせめぎ合いになるのです。これは、簡単に対処できる問題ではないので、非常に苦労することになります。

 睡眠不足は心臓に負担をかけて心臓疾患のリスクをアップさせるので、どうしても眠れない場合は睡眠薬が有効なケースもあります。しかし、安易に使い始めて依存してしまうと、今度は逆に心臓などにトラブルを招きかねません。睡眠薬を使う場合は医師や薬剤師に相談して慎重に進めるべきです。

 医学書には記載されていませんが、自分が睡眠薬に依存しやすいタイプかどうかは、風邪薬=総合感冒薬を服用した際の副作用の表れ方をみればだいたいわかります。風邪薬を飲んで眠くなる人は、睡眠薬に依存しなくても眠れるタイプといえます。逆に風邪薬で眠くならない人は高血圧体質で、どこかのタイミングで睡眠薬を使い始めるケースが多い印象です。いまは高血圧ではなくても、加齢とともに血圧が高くなっていく可能性があります。

 風邪薬を飲んでも眠くならない人は、いつの間にか高血圧に移行していることがあるので注意が必要です。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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