気鋭の医師 注目の医療

3割が歩行劇的改善 神経難病「HAM」世界初の治療薬誕生へ

山野嘉久教授
山野嘉久教授(C)日刊ゲンダイ
聖マリアンナ医科大学大学院・先端医療開発学 山野嘉久教授

 国内患者約3600人の希少疾患で、「HTLV―1関連脊髄症(HAM)」と呼ばれる難病がある。原因は「ヒトT細胞白血病ウイルスⅠ型(HTLV―1)」の感染で、発症すると歩行困難、排尿・排便障害、足のしびれや痛みなどの症状が進行し、最終的には車イスや寝たきりの生活を余儀なくされる。

 これまでHAMの進行を止める特効薬はなかったが、山野嘉久教授らの医師主導治験(第1/2a相試験)によって、世界初の治療薬が誕生しようとしている。現在、企業主導の第3相試験が進められている。医師になり一貫してHAM治療の臨床・研究を続けてきた山野教授が言う。

「HTLV―1感染者は世界でも特に日本に多く、他の国で多いのは発展途上国ばかり。そのため欧米先進国で新薬が開発される可能性は低く、日本での新薬の開発が期待されているのです」

 HTLV―1の国内感染者(キャリアー)は推定100万人以上。うち約5%が40~60年以上かけて「成人T細胞白血病(ATL)」を発症し、約0.3%(年間30~50人)がHAMを発症する。主な感染経路は、母乳を通じた母子感染と性交渉(主に男性から女性)。2011年からは妊婦健診で感染の有無を調べるようになり、感染が分かれば粉ミルクの使用が勧められ、母子感染は予防できるようになったが、それでも年間4000人ほどの新規感染者がいるという。

 HAM治療薬の開発は、2010年ごろまで国内外でエイズ治療薬(抗ウイルス薬)を使った研究が行われていたが、どれも実現に至らなかった。山野教授がHAM治療薬の候補として用いたのが「抗CCR4抗体(モガムリズマブ)」。2012年に、世界で初めてATLのがん細胞を狙い撃ちする分子標的薬として登場した日本発の薬だ。

「ウイルスに感染し、脊髄に慢性炎症を引き起こすHAMのT―HAM細胞と、ATLのがん化するATL細胞は共通点もあれば、全く違う部分もある。それでT―HAM細胞に発現するタンパク質をしらみつぶしに調べたところ、予想外にCCR4タンパクが発現していたのです」

■患者の8割が下肢の突っ張りがとれた

 しかし、HAMとATLは病気の性質や治療目標が大きく異なるため、がん治療と同じような使い方はできない。そこで安全性を考え、がん治療時の1000分の3~10分の3に濃度を薄めて、2~3カ月おきに点滴する治験を行った。その結果、がん治療でみられる重い副作用はなく、血中のウイルス量が減り、脊髄の炎症が抑えられた。また、これらの研究過程で、脊髄の慢性炎症を引き起こすメカニズムも解明された。

「21人のHAM患者さんに10カ月投与したデータでは、8割が下肢の突っ張りがとれ、3割が歩行に劇的な改善を認めました。発症して10年未満で軽症ほど、治療効果が高いことが分かりました。さらに長期投与の治験を続けています」

 もうひとつ分かったことがある。ATLは「急性型」を発症すると約1年で亡くなる重篤な病気であるが、同治療法によって、ATLになりやすい感染細胞を減らす効果が確認されたのだ。将来、ATLへの進展が予防できる可能性があるという。

▽1993年鹿児島大学医学部卒後、同大大学院修了。2000年米国NIH留学、08年聖マリアンナ医科大学難病治療研究センター部門長(准教授)、16年から現職を兼務。〈所属学会〉日本神経学会、日本リウマチ学会、日本内科学会など。

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