天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

遺伝子検査は心臓疾患の予防にも大いに役立つ

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 血液、口の中の粘膜、唾液などから染色体の遺伝子を調べ、病気のリスクや体質を判定する「遺伝子検査」が急速に進歩しています。

 遺伝子は、生物すべての生命活動を支えるタンパク質の“設計図”なので、遺伝子の異常を見つけ出せば、その人がどのような病気にかかりやすいのか、どのような薬が効くのかといった傾向がわかります。あらかじめそうした遺伝的傾向を把握しておけば、それに応じた対策を講じることもできます。病気の発現を早い段階でキャッチできれば、規模が小さく体への負担が少ない治療で済む可能性があるのです。

 当院でも、本格的な遺伝子検査外来に力を入れています。4月からゲノム(遺伝情報)の専門家を新たに招いて担当してもらい、遺伝子検査が一般的にも広まってきたがんと、マルファン症候群などの優性遺伝病(両親から1つずつ伝わる遺伝子対のうち、どちらか一方の遺伝子に異常があれば発症する病気)の中で発病により寿命を縮める可能性がある疾患を対象に進めています。

 最近はそうした遺伝子検査の対象が心臓疾患にも広がりつつあります。それまでがんの遺伝子検査を展開していた米国のある企業が、「心臓の構造や機能に関係する遺伝子を調べ、遺伝性の不整脈、心筋症、動脈硬化などのリスクを明らかにする」と発表しました。リスクを早期に認識することで、心臓発作などの命に関わる突然の発症を予防するのに役立つとしています。

■リスク因子を把握

 たしかに、遺伝子検査は心臓疾患の予防に対してかなり有効だといえます。そもそも、心臓疾患は「家族歴」が発症に大きく関わっているといわれているからです。海外の研究では、両親がともに心臓疾患の人は、そうでない人に比べて2倍も心臓疾患を発症しやすいと報告されています。また、片親だけが心臓疾患の場合には、父親よりも母親が心臓疾患である人の方が、そうでない人に比べると発症率は1・5倍だったこともわかっています。子供は両親から何かしらの心臓疾患のリスク因子を引き継いでいて、それは世代を経るごとに濃くなっていくと考えていいでしょう。

 もっとも、心臓疾患そのものが遺伝と関係があるというよりは、心臓疾患のリスク因子が大きく影響しているといえます。心臓疾患の代表的なリスク因子は「高血圧」「高コレステロール」「高血糖」です。いずれも生活習慣病といわれるもので、これらの因子が重なれば重なるほどリスクはアップしていきます。こうしたリスク因子と、似通った生活習慣が伝わることで、子供は心臓疾患を起こしやすくなってしまうのです。

 祖父母や両親が高血圧が原因で心臓疾患を発症したとすれば、子供は高血圧の体質と生活習慣を引き継いでいる可能性が高いといえます。高コレステロール、高血糖も同様です。つまり、近い親族に心臓疾患で亡くなったり、心臓手術を受けた人がいる人は、心臓疾患を招きやすい“土台”が出来上がっているわけです。

 それならば、高血圧、高コレステロール、高血糖の原因になっている遺伝子を検査で把握すれば的確に対策できることになりますが、そう簡単ではありません。近年、それぞれの原因だと考えられる遺伝子はわかってきているのですが、その種類はたくさんあって、決定的なものはまだはっきりしないのが現状です。

 しかも、高血圧、高コレステロール、高血糖はお互いが密接に関わっているうえ、個人の生活習慣によっても大きく変わってきます。ピンポイントに対策すれば問題ないとはいかないのです。

 それでも、遺伝子検査によって「何らかの心臓疾患のリスク因子を持っている」ことがわかるだけでも、予防には役立ちます。早めに生活習慣を改善したり、高血圧、高コレステロール、高血糖の兆候が表れたら早い段階で薬物治療を開始すれば、発症を防いだり、遅らせることができるからです。

 それぞれの遺伝子解析がさらに進めば、より有効な対策や薬もわかってくるでしょう。今後の遺伝子検査の進歩に期待しています。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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