緩和医療の前に期待 がん眠らせ長期共存「休眠療法」とは

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 がんで標準治療の適用がなくなると、「もう治療はない」と言われる。しかし末期がんでも、この段階では体は元気だ。その状態で何もせず、死を待てるか?

 実は、記者の30代の親族がまさにこの状態だ。比較的高い確率で治癒が望めるがん種だが、残念ながら親族はそうではなかった。「標準治療はもう効かない。緩和医療を」と主治医に言われた。がん患者の相談に無償で乗っているがん難民コーディネーターの藤野邦夫氏に相談したところ、一つの手として提案されたのが、がん休眠療法だ。

 これを確立した国際医療福祉大学市川病院化学療法部部長・高橋豊医師が説明する。

「がん休眠療法は、がんの増殖を止めて発育速度を遅くし、がんの進行を遅らせる治療法。“がんを眠らせて、少しでも長くがんと共存する”という意味から、がん休眠療法と名付けました」

■“縮小”ではなく“共存”

 高橋医師は1994年から米テキサス大学M・Dアンダーソンがん研究所キャンサー・バイオロジーで、血管新生を中心としたがん転移の研究をし、世界初の血管新生阻害剤である分子標的薬アバスチンの臨床応用に貢献。その成果と、がんの発育速度に関する研究を統合し、95年にがん休眠療法を発表した。

 精巣がんや卵巣がんなど抗がん剤がよく効く一部のがんを除き、抗がん剤治療は「転移などがあり、がん全てを手術で切除するのは困難」という場合に行われる。

「標準治療での抗がん剤の目的はがんの縮小。しかしそれが生存期間の延長にはつながらないことが研究で分かっています。私が考えたのは、血管新生を阻害してがんの増殖や進行を抑制するのと同様に、抗がん剤でがんの増殖や進行を抑制する方法でした」

 研究を進める中で、「抗がん剤の継続投与でがんの増殖・進行を抑制する期間を延ばせる」と判明。そのためには副作用が軽い投与量でなければならず、副作用の強さを示す「骨髄抑制」のグレード2(中等度)が最適だと導き出した。骨髄抑制はグレード1(軽度)~5(死亡)の5段階で、標準治療では3~4も珍しくない。3は「高度の副作用で入院、侵襲的治療、輸血、手術などを要す」、4は「生命を脅かす、または集中治療や緊急処置を要する」で、継続投与は困難だ。

 さらに従来の抗がん剤治療では、年齢、がんの状態にかかわらず、身長・体重で一律に投与量を決定。それでは量が多すぎる上、「抗がん剤が効く量には個人差がある」ことも分かった。血液検査や画像検査などを駆使しながら、各患者の“効く量”を探る。

「“継続投与”“副作用をグレード2までにする”“個人差を考えた投与量”の3つが、がん休眠療法の基本方針。標準治療の抗がん剤治療は不可能とされた高齢者、ほかの疾患を持っている人、進行・再発の末期がんの人も受けられます。月単位の余命を宣告された膵臓がんの患者さんが、がん休眠療法で5年生存した例もあります」

 保険適用内の抗がん剤であれば、がん休眠療法であっても保険適用。

 都内で11年前からがん休眠療法を行う銀座並木通りクリニック・三好立院長は「ここが誤解を招きやすい点ですが、治す治療法ではない。引き分けを目指す治療法。治療の目的を引き分けとし、引き分け続ければ人生は継続できる」と言う。

 ただし、がん休眠療法を受けられる医療機関はごく限られている。「抗がん剤は、規定量を投与してがんを少しでも小さくする治療。量を減らすなんてもってのほか」という考えの医師が圧倒的多数で、患者が受けたいと思っても主治医の承諾や理解を得られないケースも多い。冒頭の親族も主治医とのやりとりに時間がかかっている。

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