Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

日本乳癌学会“強く推奨” 遺伝性乳がんは予防切除すべきか

アンジェリーナ・ジョリー
アンジェリーナ・ジョリー(C)日刊ゲンダイ

 ウチは、がん家系だから……。家族をがんで亡くすと、そんなふうに遺伝的な影響が語られることがあります。がん死が相次ぐと、そう思いたくなる気持ちは分からなくもありませんが、遺伝が原因のことはほとんどありません。まったく同じ遺伝子を持つ一卵性双生児が、同じがんにかかる確率は1割程度です。

 がんの実情と一般の方の意識にかなりズレがある状況だけに、日本乳癌学会の指針改定はちょっと気になります。遺伝性の乳がんについて、将来がんになるリスクを減らすため、反対側のがんのない乳房を予防的に切除する手術を「強く推奨する」と改定したと発表したのです。

 先ほど、遺伝の影響はほとんどないと書きましたが、乳がんは別。遺伝的な理由で発症するタイプが10%程度存在します。BRCA1とBRCA2という2つの遺伝子の異常があると、乳がんのほか卵巣がんになるリスクが高くなることが分かっているのです。医学的には「遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)」と呼ばれます。

 男性がこれらの遺伝子変異を受け継ぐと、前立腺がんや、すい臓がんになりやすい。欧米では、予防的に前立腺を全摘する人もいます。

■アンジーは卵巣も切除

 米女優アンジェリーナ・ジョリーさん(42)は遺伝子検査でHBOCが判明。両方の乳腺組織と卵巣を予防的に切除したことは、世界的なニュースになりました。ご存じの方も多いでしょう。今回の指針改定は、アンジーが受けたような手術を「強く推奨する」というものです。

 これらの遺伝子に変異がある女性は、40~90%が乳がんになるという報告もあります。変異がある人ががんになるリスクは、ない人に比べて10倍に。アンジーの母親も叔母も若くして卵巣がんや乳がんで亡くなっていて、遺伝性のがんは若くして発症しやすく、ホルモン剤などの治療薬が効きにくいのが特徴です。

 毎年、乳がんと診断されるのは約8万人。昨年6月、小林麻央さんが34歳の若さで亡くなったこともあり、乳がんの怖さを思い知らされたかもしれません。そこにもってきての指針改定ですから、心配でしょう。

 命を守るという点で、予防切除の考え方は大切ですが、アンジーのように乳腺に加えて卵巣も切除するとなると、本人だけでなく家族の形に影響します。妊娠前の女性が遺伝子検査の結果で、これらの遺伝子異常を知らされたらどう思うでしょうか。パートナーの男性や両親も含めて、大きな問題を背負うことになります。

 やみくもに遺伝子検査を受けることが必ずしもいいとは思えません。遺伝子の影響は、せいぜい10%ですから、近親者に若くして乳がんや卵巣がんになった人がいなければ、それほど神経質になることはないでしょう。もしいれば、カウンセリングなど経験豊富な医療機関で検査を受けることが大切です。

 遺伝子検査は採血のみの簡単なものですが、費用は自費で20万~30万円で、予防切除も自費で70万~100万円に上りますから。

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