日本乳癌学会は先月、診療ガイドラインで、遺伝子変異が原因で乳がんを発症した患者について、がんになっていない側の乳房も再発予防のために切除することを「強く推奨する」との見解を示した。関連してさらに押さえておきたいのは、卵巣がんについてだ。
「遺伝子変異が原因の乳がん」とは、誰もが持つ「BRCA1」「BRCA2」の2つの遺伝子に変異が見られる乳がんだ。遺伝子変異があると、ない人に比べて、乳がんになる可能性は6~12倍と考えられている。
そしてBRCA1・2遺伝子変異は、卵巣がんにも関係している。遺伝子変異がある人の卵巣がん発症リスクは、10~40倍。遺伝性の乳がん、卵巣がんを合わせて、「遺伝性乳がん・卵巣がん(HBOC)」と呼ぶ。
なぜこの記事で、乳がんのニュースから卵巣がんへと話を展開したか? それは、検診で早期発見が可能であり適切な治療で9割以上が治癒を期待できる乳がんに対し、卵巣がんは治る段階で発見するのが非常に困難だからだ。
慶応義塾大学医学部産婦人科学教室・青木大輔教授が言う。
「発見時にはすでに腹膜内にがんが広がる腹膜播種や転移が見られるⅢ期以降が卵巣がん全体の半分近くに及びます」
がんは、1次予防が「がんにならないこと」、2次予防が「検診などでがんを早期発見すること」。検診が早期発見につながらない卵巣がんでは、1次予防に力を入れるしかない。
「それがHBOCかどうか、つまりBRCA1・2遺伝子変異の有無を調べることです。卵巣がんを発症しておらず、遺伝子変異が見つかった場合、左右の卵巣・卵管を切除するリスク低減卵巣・卵管摘出術(RRSO)で、大幅に発症リスクを下げられます」
■遺伝子変異は一生涯変わらない
海外の研究では、RRSOによって卵巣がんの死亡率が95%低減。卵巣から分泌される女性ホルモンが乳がんの原因にもなるため、乳がんの死亡率も90%低減。全死亡率は76%低減という結果が出ている。
問題点は、閉経前では更年期症状が出てくる、生殖能力を失う、心血管疾患リスク上昇などがある。
なお、HBOCが判明したハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーは卵巣・卵管、両方の乳房の切除を行った。
発症前の乳房切除は、乳がんの死亡率は低減できるが、卵巣がんに関してはエビデンスは出ていない。
BRCA1・2遺伝子変異を持っていると、持っていない人より高い効果が見込める新薬「オラパリブ(一般名)」が、再発卵巣がんに対して日本で初めて4月に承認されているので、BRCA1・2の変異の有無は治療選択の際の有益な情報になる。
加えて、兄弟、姉妹、子供など家系に同じ遺伝子を持っている人がいないかを探すきっかけになり、彼らの卵巣がん、乳がんの予防に役立つ。
BRCA1・2の遺伝子変異が疑われるのは、「家系に卵巣がん・乳がん患者がいる」「卵巣がん患者」「若年性乳がん患者」「両側性乳がん患者」「男性乳がん患者」など。
近年は、この2つの遺伝子変異が前立腺がんや膵がんにも関係していることが分かっている。
「遺伝子変異は一生涯変わることがなく、遺伝性のため、ほかの家系にも影響してきます。該当項目がある人には、まずは遺伝カウンセリングを受けた上でBRCA1・2の遺伝学的検査を検討することを薦めます」
▽遺伝カウンセリング、検査、RRSOはすべて保険適用外。慶応義塾大学病院では、遺伝カウンセリング15分以上3000円+初診料または再診料。