夏は人を暴力的にする…人生を棒に振らないための脳生理学

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 全国的に梅雨入りし、最高気温が30度を超える真夏日が増えてきた。夏の暑さは人を暴力的にし、犯罪を増やす。特に目立つのは痴漢などの猥褻犯だ。犯罪の加害者にも被害者にもならないためには、夏の脳の生理特性を知っておくことだ。

■危ないのは気温28度以上

 東京大学、福島県立医科大学の研究者が書いた「東京都における気温上昇と犯罪件数増加の関係」によると、夏休み効果が考えられる8月を除いた夏季(7、9月)は一年のうちでも強姦と猥褻犯の発生割合が高く、気温が高いほど猥褻犯が多かったと報告している。

「季節、気候、気象を味方にする生き方」(石川勝敏著、産学社)によると、「気温28度以上湿度80%以上、風速2メートル以下、夕方から夜に痴漢が増える」という。警視庁と気象のデータを照らし合わせた結果だ。

 気温が高く、降水量が多いと犯罪件数が多くなることは世界的に報告されている。

 世界的科学雑誌「サイエンス」でカリフォルニア大学の経済学者ソロモン・ショーン氏らは、気温と降水量が通常の値より逸脱すると、レイプや殺人などの個人間での犯罪のみならず、政情不安や国際紛争といった国家間の争いも増えると報告している。

 なぜ人は暑くなると凶暴になるのか? 早稲田大学人間科学学術院体温・体液研究室の永島計教授が言う。

「暑さが直接、暴力の源泉となる怒りを招くとは明言できません。しかし、イライラ感が募るのは説明できます。人は気温が上昇すると、間脳の視床下部で体温調節を行います。気温の上昇の情報は、皮膚の温度センサーを介して脊髄から視床下部に伝えられます。その中の視索前野はさらに、体中にあるいくつかの組織に体温を調節するための指令を出すのです」

 たとえば暑くなって体の中に熱がこもると、その熱を血液に移す。熱くなった血液は体表の皮膚近くの血管に広がり、発汗とともに体外へ熱を放出し、血液の温度を下げる。冷えた血液が戻ることで体内を冷やす。この一連の反応は、温度を意識することなく行われるため「自律性体温調節」と呼ばれる。その一方で人は快適な温度環境を求めて移動したり、衣服の着脱やエアコンによって調節する。これが「行動性体温調節」だ。

「かつて行動性体温調節は皮膚温度の変化を意識した上で行われると考えられてきました。しかし、マウス実験で行動性体温調節の一部は自律性体温調節と同じく“暑さ、寒さ”を意識することなく行われることがわかりました。人は気温が上がると体温調節のために無意識のうちに膨大な仕事をこなす。そのストレスがイライラの正体かもしれません」(永島教授)

 体温調節をつかさどる視索前野は、性欲の中枢でもある。体温調節で視索前野が活性化すると、機械的に性欲も高まる可能性がある。男性の生理に詳しい弘邦医院の林雅之院長が言う。

「その理由はハッキリはわかりません。ただ、男女ともに薄着になるとか、夜出歩く機会が増えて性への欲求や思いという感情的なものが高まる以外に、機械的な生体機能の反応によって性欲が高まる可能性があることを知っておくべきです。たとえば男性ホルモンであるテストステロンの分泌は夏場に向けて高まっていきます。このホルモンは男性に多く分泌され、攻撃行動や性欲の高進などに影響を及ぼします」

 手の薬指が人さし指より長い人はテストステロンの分泌量が多い、との説もあるので、心当たりの人は特に注意が必要かもしれない。

■お酒が入るとリスクが高まる

 こうした状況にお酒が加わるとさらに犯罪リスクが高まることになる。

「脳には有害な物質をブロックする『血液脳関門』があります。しかし、アルコールのように分子量が小さく、脂溶性のものは簡単に通す。そのため、お酒を飲むと脳がアルコールの毒性によりマヒします。特にダメージが強いのは自制心を保つ前頭葉、運動能力を維持する小脳、記憶をつかさどる海馬です」(林院長)

 つまり、暑い日に酔っぱらうと、エッチな気持ちが高まり、日頃は考えられないような大胆な行動に出て、翌日にはそのことをすっかり忘れてしまうというわけだ。

 ちなみにテストステロンの分泌は夜8時くらいから11時くらいにかけて多く、昼は2時すぎから夕方にかけて高まる。

 大阪府警発表の「女性を狙った猥褻犯罪事件発生状況」(2015年)によると、強姦は夜8時から朝5時が多く、強制猥褻は昼の2時から夜12時にかけて増えていく傾向にある。

 大手民鉄16社が加盟する日本民営鉄道協会が集計した「鉄道係員に対する暴力行為の件数」(平成28年度)は6月から8月にかけて急増し、時間帯は22時から5時で加害者の6割がお酒を飲んでいた。

 夏場のお酒は涼しい場所で飲み、早い時間帯に切り上げることだ。

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