実録 父親がボケた

<9>父は通所介護を心から楽しむものの母は疲労困憊

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 トイレの場所がわからなくなり、家の中で迷子になるほどボケてきた父だが、面白いことに英単語はよく出てくる。実家で葛飾北斎の画集を見ていた私が、「あれ、菊って英語でなんていうんだっけ?」とつぶやいたら、父がすかさず「クリサンセマム!」と答えたのだ。クイズ番組の参加者レベルで即答。3つの絵のテストで驚異の忘却力を発揮していたのに。

 ほかにも「猫を並べて、エサをあげていた作家って誰だっけ?」と母と話していたら、「ダイブツだよ」とぼそっと答える。あ、そうそう、大佛次郎だ!! ヒント出せるほど覚えてるんかい、と。

 そして父はダジャレが得意だ。あれだけボケて垂れ流していても、ダジャレだけは繰り出す。要介護2に昇進し、2016年末からはリハビリに加えて、通所介護のデイサービスも行くようになった。リハビリは男性スタッフが多いが、通所介護は女性スタッフが多い。父は女性が大好きなので、通所介護の方を心から楽しんでいた様子。施設でもダジャレを頻発していたようで、スタッフからも好評だったと聞いている。

 楽しそうなのは父だけだ。現状としてはほぼ歩けず、車椅子で移動、夜はポータブルトイレを使用。下剤に頼らないとお通じもない。デイサービスに行っている間は母も解放されるかと思いきや、汚れたズボンとシーツの洗濯、通じない会話、巨体を洗って拭いての毎日。イライラと疲労はたまりにたまって鍾乳洞のようになっていた。

 ごめん、そこは母に任せきりだったよ、私も。

 そして2018年1月末。ついこの前のことだ。父が外出時に転倒し、頭を強打。救急車で運ばれた病院で、検査したものの異常なし。ところがマスクもせずに病院にいたものだから、インフルエンザに感染したのである。無知と無謀を嘆いても仕方ない。高熱で手足は萎え、一時期寝たきり状態になったのだ。

 最悪なことに、介護していた母も発熱。完全に家庭内感染である。

吉田潮

吉田潮

1972年生まれ、千葉県出身。ライター、イラストレーター、テレビ評論家。「産まないことは『逃げ』ですか?」など著書多数

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