常識一変! 糖尿病の人と予備群に運動が必要な本当の理由

スプリント走よりジョギングや散歩を長く
スプリント走よりジョギングや散歩を長く(C)日刊ゲンダイ

 人が生きていくには糖分からエネルギーを作る必要がある。エネルギーは細胞内で作られるため、食事で得られた糖分は血液に乗って全身の細胞に届けられる。糖尿病は糖分を血液から細胞内にうまく取り込めず、血管内でだぶついた糖分がさまざまな悪さをする病気だ。ならば「余分な糖分を体内に入れないための食事制限はわかるが、なぜ運動しなければならないのか」――。そう疑問に思う人も多いのではないか。糖尿病のメカニズムを研究している首都大学東京大学院人間健康科学研究科の藤井宣晴教授に聞いた。

 糖尿病は少なくとも紀元前1500年以上前から人類を苦しめ続けている病気だ。喉が渇いて水を大量に飲むことから「体の栄養素が水と共に体の外に流されて、徐々に弱っていき、最後は死に至る」病気と考えられてきた。

 糖尿病が代謝の病気とわかってきたのは1700年代に入ってから。今は膵臓から分泌され、血液中の糖分を細胞に取り込んだり、余った糖分を肝臓や筋肉に蓄える働きのあるインスリンが関係していることがわかっている。分泌量が少ないか、機能が低下することで発症するというのだ。

 糖尿病の人が運動が必要な理由は、筋肉をつけることで基礎代謝が上がり血糖を多く消化することのほかに、筋肉の収縮が血糖値を下げる唯一のホルモンであるインスリンの分泌量を増やしたり、働きを良くするからだと考えられてきた。

 ところが近年、そんな医学常識を一変させる事実が判明した。運動中はインスリンの量はむしろ低下し、筋肉が別の方法で血糖値を下げていることがわかったのだ。

「それがAMPキナーゼと呼ばれる酵素です。この酵素は筋肉細胞内で細胞のエネルギー量を監視し、その量を調節する働きを持っています」

 人が筋肉を動かすときはATP(アデノシン三リン酸)と呼ばれるエネルギーの「蓄電池」を利用する。

 ATPは細胞内に数百から数千あるミトコンドリアという「電力工場」で作られる。運動を続けてATPのエネルギーが使われるとADP(アデノシン二リン酸)という物質に変化し、最後はAMP(アデノシン一リン酸)という名のカラの電池になる。

「細胞内でAMPが増えると、それに応じてAMPキナーゼのスイッチが入り、血液中の糖の筋肉細胞への取り込みが始まります。細胞内ではそれを原料としてミトコンドリアで新たなATPが作られ低下したエネルギーを補充するのです」

 つまり、運動すると血糖値が下がるのは細胞の外からはインスリンが、細胞の内側からはAMPキナーゼが、血液から糖分を細胞内に取り込ませる働きをして血糖値を下げているのだ。

「最近はAMPキナーゼの他にもSNARK(スナーク)と呼ばれる酵素がAMPキナーゼ関連酵素ファミリーのひとつで、AMPキナーゼの補助的役割を果たしていることがわかっています」

 AMPキナーゼの糖尿病治療薬の研究は続けられているが、効き目が強すぎて難航している。

■血糖を下げるのはインスリンだけじゃなかった

 では、どのくらい運動すればいいのか? 激しい運動をすればエネルギーが消費されるため、AMPキナーゼとその仲間たちは活性化され、糖の細胞への取り込み量は増える。しかし、そうした運動は長くは続かない。

「重要なのは血糖値を下げるこの新たな回路は、筋肉収縮の間だけしか細胞への糖の取り込みを行わない、という点です。激しい運動をする必要はなく、長く筋肉の収縮を行う運動が良いのです。短時間しか続けられないスプリント走よりは、運動量を確保しやすいジョギングや散歩を長くやる方がいいのです」

 インスリンを使わずに血糖を下げる、新しい回路で注目すべき点は他に2つある。ひとつはインスリンの回路に支障が出ても、新しい回路は“無傷”である可能性が高いこと。そのため、糖尿病と診断された人でもこの新しい回路を鍛えれば、血糖値を改善でき、使用している薬の量を減らせる可能性がある。

 もうひとつは日々の継続的な運動トレーニングが、インスリンによる回路の不具合さえも改善する可能性があることだ。

「ヒトを対象に、片足での自転車駆動運動を1時間行ってもらい、その終了6時間後にインスリンの働きを調べると、運動した脚では安静を保った側の脚に比べ、インスリン感受性の亢進が見られました。おそらくはインスリン感受性の上昇が、運動を繰り返すことで少しずつ大きくなったと考えられるのです」

 血糖値を下げる新たな物質、AMPキナーゼとその仲間たちが本格的な研究対象となったのはここ10年のこと。「糖尿病は治らない」という医学常識も「適切な運動が薬となる」とわかったことで過去のものとなる日がくるかもしれない。

関連記事