Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

桂歌丸さんの命を奪ったCOPDは肺がん合併で治療が困難に

50年間携わった「笑点」メンバーに囲まれて
50年間携わった「笑点」メンバーに囲まれて(C)共同通信社

 ミスター笑点といってもいいでしょう。回答者として40年間、司会者として10年間も笑点に携わった落語家の桂歌丸さんが、亡くなりました。享年81。死因は慢性閉塞性肺疾患(COPD)で、呼吸機能が低下する病気です。鼻に酸素吸入器をつけて高座に上がっていた姿から、最期まで芸に打ち込む思いがひしひしと伝わってきました。

 歌丸さんの命を奪ったCOPDは、がんとも密接な関係があります。そう、肺がんです。COPDは“たばこ病”とも呼ばれ、その刺激などで気管支に炎症が生じ、ひいては肺胞が破壊されて呼吸機能が低下します。COPDの人は、そうでない人に比べて最大で5倍、肺がんになりやすいといわれているのです。

 今回、取り上げるのは単にたばこと関連するということだけではありません。肺がんでCOPDを併せ持っている人は、治療が難しいのです。

 第1は、肺がんが早期でもCOPDがあると、外科手術を行いにくくなります。COPDですでに低下している呼吸機能が手術によってさらに低下すると、術後呼吸器合併症が起こりやすくなるのです。

 COPDの重症度は1秒間にどれくらいの息を吐けるかで判定しますが、少なければ少ないほど悪く、重症なほど術後合併症のリスクは高まります。

 もう1つは、放射線肺臓炎です。肺がんのほか食道がんや乳がんなどで放射線治療を受けると、その影響で発症するのが放射線肺臓炎。COPDの人は、そのリスクも悪化しやすいのです。

 COPDを合併している肺がんの人は65歳以上で、進行がんが多いのが特徴です。それに加えて治療が難しいことから、無治療が少なからずあります。どちらも咳や痰が主な症状で、COPDに次いで肺がんを発症することから、COPDの人は肺がんを疑いにくく、診断が遅れやすいという事情もあるでしょう。

 2001年の大規模疫学調査で、COPDの患者数は530万人と推計されていますが、14年の厚労省患者調査でCOPDと診断されたのは26万人。未治療の人がかなりいることが見て取れるでしょう。潜在的なCOPD患者が知らず知らずのうちに肺がんになると、苦しい思いをせざるを得なくなることは容易に想像がつきます。

 歌丸さんはCOPDによる肺炎や呼吸不全で苦しみ、入退院を繰り返していました。COPDの急激な悪化(急性増悪)による入院は、患者さんにとって医療費が重くのしかかることも厄介です。1回の入院の総医療費は60万~70万円に上ります。

 ちなみに歌丸さんがつけていたような酸素吸入は在宅酸素療法と呼ばれ、月額の医療費は3割負担で2万3000円ほど。これとは別に酸素濃縮器の電気代もかかります。

 COPDは、体がつらいだけでなく、家計にも厳しい。そこに肺がんが重なると、かなりつらいでしょう。そうならないためにもたばこを吸っている人は、早めの禁煙をお勧めします。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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