がんと向き合い生きていく

とにかくお話を聞く…それだけで患者は笑顔を見せてくれる

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 私は、K先生と鎧兜と私とがその薄暗い空間に溶け込んでいるような不思議な錯覚を覚えていました。何回も目と目が合っていましたが、不安そうにも見えません。それでも、K先生は自分の死期が迫っていることも分かっておられるのだと感じました。「何か、私にできることはありますか?」とたずねると、K先生は「いや……」と少し顔を動かされました。

 1時間半ほどたって、私が「よろしければまた来ます。どうぞ呼んで下さい」と伝えると、K先生はにっこりしながら布団の中から手を出されました。私は握手して頭を下げ、立ち上がりました。

 帰りの道で、私は考えました。K先生はたくさんの悩みがあったとしても話されなかった。私からもお聞きすることはしなかった。K先生のお気持ちは「自分はここにいて、つらい思いをしている。それを分かってほしい」ということだったのだろうか?

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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