深刻な感染症を媒介 豪雨の後は「蚊」の大量発生に要注意

蚊を侮ってはいけない
蚊を侮ってはいけない(C)PIXTA

 水が引いた後にできた多数の水たまりから蚊が発生して、蚊が媒介する病気が流行する――。死者・行方不明者数が200人を超えた平成30年7月豪雨後にこんな図式を思い浮かべて心配している人もいるのではないか。実際、水害が起こるたびに被災地では蚊の大発生が懸念されてきた。今回は大丈夫か?

 2011年3月11日に発生した東日本大震災では、津波により早くから蚊の大量発生が懸念された。海水混じりの水たまりが多かったとはいえ、幼虫が塩分に強いトウゴウヤブカやイナトミシオカが生息していたからだ。

 国立感染症研究所昆虫医科学部の研究者らは震災後半年以内に、岩手県陸前高田市、宮城県気仙沼市など5カ所で現地調査を行った。蚊はハエほど目立ってはいなかったものの、その発生量自体は多かったという。

 幸い蚊の大群で夜眠れなかった地域は少なく、蚊による感染症の発生はなかった。しかし、それは住人の多くが避難していたおかげかもしれない。長崎大学熱帯医学研究所病害動物学分野の砂原俊彦助教が言う。

「私の感覚では水害が発生して以降、蚊が多く発生する可能性があります。日本には125種類の蚊がおり、そのうち水害後に多く発生するのはアカイエカ、コガタアカイエカ、ヒトスジシマカ、オオクロヤブカなどです」

 アカイエカは側溝やエサの多い水たまりなどに卵を産み、ヒトスジシマカ、オオクロヤブカなどは空き缶や墓地の花立てなどに多い。コガタアカイエカは水田など広い水たまりに繁殖する。

「野生の蚊の寿命は10日ほど。水害直後は幼虫も流されるため目立ちませんが、その後、水たまりに卵を産み、その次の世代になると、一気に数が増える。水害後20日以上経つと、その数が増える可能性があるということです」

■とりわけ警戒すべきは日本脳炎

“羽音はうるさいし、刺されるとかゆいが、蚊くらい大したことはない”と思いがちだが、侮ってはいけない。

「蚊は最も人を殺す生物」であり、世界中で年間72万5000人がその犠牲になっている。

 実際、蚊が媒介して人が発症する深刻な病気は多い。マラリア、ウエストナイル熱などは日本人にはピンとこないが、デング熱がヒトスジシマカにより国内流行したのは4年前で記憶に新しい。海外で流行のジカ熱もヒトスジシマカにより媒介されるが、妊娠初期の女性がこの病気を発症すると小頭症の子供が生まれる確率が高くなることが知られている。しかし今回、特に注意すべきはコガタアカイエカだ。

「昼間は水田や雑草の茂みなどに潜み、日没後に活動が活発になります。日本脳炎ウイルスに感染した豚や鶏の血を吸ったコガタアカイエカが人を刺すことで、人に日本脳炎ウイルスを感染させます」

 日本脳炎は以前、抵抗力の弱い子供や高齢者に見られた病気で、蚊に刺されて7~10日で突然、高熱、頭痛、嘔吐などの症状を示し、意識障害やまひといった神経系の障害などの急性脳炎を引き起こす。弘邦医院(東京・葛西)の林雅之院長が言う。

「日本脳炎ウイルスに感染しても多くの人は症状がありません。しかし、100~1000人に1人程度が脳炎を発症する。うち約20~40%が亡くなり、命を取り留めても神経障害が残ります」

 コガタアカイエカの行動範囲はせいぜい2~3キロ。実際に日本脳炎で亡くなる人も少ないことから“自宅近くに豚や野鳥はいないし、大丈夫”と考える人もいるだろう。

 しかし、甘く考えてはいけない。山口大学の前田健教授が全国のペットの血液を調べたところ、4割が日本脳炎ウイルスに感染していた。日本脳炎リスクは想像以上に身近に迫っているかもしれない。

 不気味なのは2年前に対馬で高齢者4人が同時期に日本脳炎を発症、1人が死亡したが、その感染源がいまだに不明なこと。対馬には豚はおらず、同じ日本脳炎ウイルス増幅動物のイノシシを調べたが特定できなかった。

 蚊から身を守るにはまず日本脳炎ワクチンを打つことだ。罹患リスクを75~95%下げられる。

 蚊は人の呼吸に含まれる二酸化炭素、体臭に含まれるスルカトン、ノナナールなどの化合物、体熱などに反応する。夜間外出は控え、戸や窓の開閉を少なくする。就寝時は網戸やエアコンを使う。長袖で皮膚を露出しないことも大切だ。

 水たまりを減らすことは蚊の減少につながる。

「空き缶、バケツ、コンビニの袋など、たまった水はすべて捨てる。墓地の花立てのように水が捨てられなければ、銅線を丸めて入れましょう。銅イオンの毒性でボウフラを殺すことができます」

 洗剤を水たまりに入れたり、鉱物性の油を表面に垂らすのもいい。

 今は目の前のがれき整理が最優先だが、できたら水たまりをなくす努力もした方がいい。

関連記事