がんとは何か

<11>発がんの“ブレーキ役”を壊すには2つの遺伝子変異が必要

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 がんに関係する遺伝子は2種類ある。発がんに向けてアクセルを踏む「がん遺伝子」とブレーキをかける「がん抑制遺伝子」だ。正常な細胞ががんになるにはアクセルが入れっぱなしになることも重要だが、それ以上に大切なのはブレーキ役のがん抑制遺伝子が壊れ、がん化に歯止めがかからなくなること。がんはどのようにして、これを実現するのか?

 この問いに答えたのが米国の遺伝学者、アルフレッド・クヌードソンだ。彼が研究していた網膜芽細胞腫には2つの発症パターンがある。家族性と散発性だ。前者は1歳になるまでに発症し、両目だけでなく骨肉腫などもできる。後者は1歳以上で片目だけしか、がんにならない。

 その理由を考えるうえでクヌードソンは、細胞の中の染色体に注目した。染色体とは遺伝情報を含んだDNA(デオキシリボ核酸)分子とタンパク質の複合体をいう。細胞の核内で対になっていて、同じ遺伝子が2個ある。1つは父方からの遺伝子で、もう1つが母方からの遺伝子だ。

 クヌードソンは、①網膜芽細胞腫を引き起こすには1対の遺伝子の両方に変異があればがんになる確率が高い②家族性は既に片側に変異があるので、もう片方の遺伝子に変異があればがん化の確率が高くなる③散発性は両方に異変がなければがん化の可能性は少ないと考えた。網膜芽細胞腫のために考えられたこの仮説はツーヒット仮説と呼ばれ、後にその正しさを証明する遺伝子が特定された。Rb遺伝子と名付けられ、世界で初めて発見されたがん抑制遺伝子となった。

 では、このRb遺伝子はどのような働きをしているのか? 米国がん学会の会員で、最新のがん情報にも詳しい国際医療福祉大学病院内科学の一石英一郎教授が言う。

「Rb遺伝子からつくられたRBタンパクは、細胞分裂時に問題が起きたとき、細胞周期を止める働きをすることがわかっています。細胞周期を進めるために必要なE2Fと呼ばれる転写因子(遺伝子発現のスイッチ役)に抱きついて動きを止めるのです」

 細胞が増殖するときはまず、遺伝子が書かれているDNAを合成しなければならない。そこから細胞をつくるのに必要なタンパクがつくられ、細胞分裂が行われる。細胞分裂するにはこのDNA合成―細胞分裂―DNA合成……のサイクルを繰り返す。細胞分裂と次の細胞分裂の間に起こる一連の過程を細胞周期と呼び、その過程はG1期、S期、G2期、M期の4つある。

「とりわけ重要なのがG1期とS期の間です。DNAの合成を始めるかどうか、つまりは細胞周期を回すかどうかを決める時期だからです。このときDNAに傷があることがわかれば、細胞周期を停止して傷を治します。治らなければアポトーシス(自死)に向かうようにします。もしRb遺伝子が変異してRBタンパクがなくなれば、細胞周期が止まらず増殖が続くことになります」

 その重要さ故にRb遺伝子は「細胞周期の統治者」と呼ばれるという。

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