実録 父親がボケた

<13>施設に入れるということは、父の命を預けるということ

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 入所までショートステイを継続するかと思いきや、母がある決断を告げた。

「入所までの間、しばらく家にいさせてあげたい」

 突如独居になり、猛烈に寂しくなったこともあるだろう。ショートステイ先で父が「家に帰りたい」とぼやき続けたのがこたえたようだ。時には「なんでこんなところにいなきゃいけないんだ!」と怒鳴ることもあったらしい。

 娘には決して見せない負の感情は、母にぶつけられた。母が罪悪感を募らせた結果、入所までの16日間、父は自宅で過ごすことになったのだ。

 その間、事務的な手続きも同時進行。まず入所前に、健康診断を受け、医師の診断書も必要だ。入所後は施設の提携医が診るので、過去の状態の経緯や常用薬の情報などを提供してもらわなければいけない。父のかかりつけ医が無愛想かつ仕事が遅い開業医で、腹立つこともあったが、そこはぐっと我慢。排尿の失敗が多いため、前立腺を検査する病院へも連れて行った。これらは全て母がひとりでこなした。

 本来なら、肺炎球菌ワクチンの予防接種も済ませておかなければいけなかった。公費助成があり、年齢によっては2000円で受けられるのだが、父は一切無視していた。自治体の広報誌やお知らせの封書をちゃんと見とけ、という教訓である。猶予期間があったので、ギリギリ間に合った。自費だと約8000円もかかるらしいよ!

 今後の医療は施設が主体となり、必要な時にその都度適切な処置を行うことになる。一瞬「知らぬ間に医療費がかさむなんてことにならないか」と不安になるが、入所時にサインする膨大な量の契約書を見て腑(ふ)に落ちた。

 要は施設に入れるということは、父の命を預けることだ。いつ死んでもおかしくない老人を24時間365日預かるわけだから、家族もある程度の覚悟と諦めが必要なのだ。

 契約書に並ぶ文言を見たとき、急に「父が死に近づいている」と、自覚させられた。

吉田潮

吉田潮

1972年生まれ、千葉県出身。ライター、イラストレーター、テレビ評論家。「産まないことは『逃げ』ですか?」など著書多数

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