東京慈恵医大槍ケ岳山岳診療所は、日本一高所にある大学の診療施設。診療所管理者の齋藤三郎医師(分子免疫学研究部教授)に、夏山を安全に楽しむために知っておくべきことを聞いた。
7月14日から9月17日まで開く同診療所は標高約3000メートルに位置し、“雲の上の診療所”の異名を持つ。
「昨年、診療所を受診したのは164人。半数以上は高山病です」(齋藤医師=以下同)
高山病とは、平地よりも酸素が少ないところで低酸素状態になり、さまざまな症状を引き起こす病気だ。主な症状は頭痛、吐き気・嘔吐、食欲低下、全身倦怠感、立ちくらみなど。進行すると、高所肺水腫や高所脳浮腫など命にかかわる重篤な状態に陥ることもある。
齋藤医師は山岳部に属した学生時代から槍ケ岳山岳診療所に通い、管理者を務めるようになってからも15年。長い経験と調査から「高山病になる共通点」を挙げる。
(1)前日に十分に睡眠を取っていない
40年以上、毎年槍ケ岳へ登っている齋藤医師ですら、一度、高山病にかかったことがある。
「前日に病院を出たのが夜10時。そのまま車で登り口まで行き、数時間の仮眠後一気に登り、昼には診療所に着いていた。夕方くらいから調子が悪く食欲がなくなり、早めに横になったのですが、起きるとひどい頭痛。血液中の酸素濃度を測るとかなり低く、明らかな高山病でした。私は典型的な例で、高山病の症状が出た登山者に聞くと、みなさん、前日の睡眠量が少ない」
適切な睡眠量は人によって異なる。爽快に目覚められるほどの睡眠量を確保すべきだ。
(2)一気に登る
「私の高山病の2つ目の原因でもあります。一気に登ると、体が低酸素の状態に慣れず、高山病を起こしやすくなる。槍ケ岳を登る人の中にはヒマラヤ経験者もいますが、彼らが“槍ケ岳くらい”と速いスピードで登り、高山病を起こすケースも珍しくありません」
登山ルートには、標準タイムが書かれているので、それを目安にするといい。また、齋藤医師は最近、一眼レフで高山植物を撮影しながら登るため、結果的にスピードはゆっくり。
「富士山で高山病になる人が多いのも、5合目から一気に登るから。2000メートル地点、または5合目で泊まり、翌朝頂上を目指せば高山病は起こさないでしょう。ベテラン登山者であっても、とにかくゆっくり登ることを意識すべきです」
(3)水分量が少ない
高山病の人に水分量を聞くと、たいてい「十分に飲んだ」と答えるという。しかし、齋藤医師からすると、少ない。
「個人差はありますが、1000メートルちょっと登るのに、少なくとも500ミリリットルのペットボトル入り飲料を3本は飲まなければ……。30~50分に1度休憩を取り、水を飲む。汗をかくので、スポーツ飲料水が理想です。私は粉末タイプのスポーツ飲料を持参し、ペットボトルの水に溶かして飲むようにしています」
(4)昼寝をする
頂上に着いた! 疲れたからちょっと横になって昼寝でもするか……。これは、高山ではやってはいけない。
「胸が圧迫されて、呼吸を存分にできず、酸素量が減る。起きたら激しい頭痛、というパターンの人が多いのはそのためです。座って仲間とおしゃべりするなどして、酸素をたくさん吸うようにしてください」
■紫外線対策も重要
「以前は“1000メートル上がるごとに紫外線が10%増える”といわれていましたが、私たちの調査では、3000メートル級の山では紫外線量が2倍になります。1日でヤケドのような水膨れを起こす人もいます。紫外線対策を忘れないように」