独白 愉快な“病人”たち

落語家・柳家花緑さん 視聴者からの質問で発達障害を確信

柳家花緑さん
柳家花緑さん(C)日刊ゲンダイ

「落語家ってバカがやる商売なんだね?」

 小学生のとき、すでに落語でテレビに出ていたボクに向かって、同級生の女の子がそう言ったのを今でも強烈に覚えています。でも、それはきっとその子を傷つけるような何かを、先にボクが言ったに違いないんです。

 ボクの病気「発達障害」にはそういうところがあります。「空気が読めない」いわゆる“KY”です。

 それはもう、名前からして“花緑柳家”なんで仕方ないんですけれど(笑い)。

 病気が分かったきっかけは、裏話をぶっちゃけるテレビ番組に出ることになって、幼少期の自分の通信簿を公表したことです。「実は小学校も中学校も主要5科目はオール1でした。けれども今は落語家として成功しています」という流れで放送されました。すると、ある視聴者の方から「うちの息子もディスレクシアです。花緑さんはどうやって病気を乗り越えられたのですか?」との質問が届いたんです。

「え?」と思いました。ボクは病気だなんて思っていなかったので何か勘違いされていると思い、美術と音楽は5だったことを説明し、「息子さんのご病気は本当にお気の毒ですが、ボクは勉強ができなかっただけで息子さんとは違うと思います」という趣旨の返事をしました。すると、その方は「やっぱりディスレクシアですね」と再確認されたのです。

 気になって「ディスレクシア」を調べてみると「識字障害」とあり、まるで自分のプロフィルのようでした。調べれば調べるほど、自分が発達障害である確信を持ちました。それが約4年前のことです。

 で、昨年、自分の著書を出版するにあたり、編集者がしかるべき専門医に、私の成績表や幼少期のエピソードなどを記した文章を持っていって見ていただいたところ、「間違いなく発達障害です」とお墨付きをいただきました。それで、晴れて「私は発達障害です」と公表したわけです。

■落語のおかげで“居場所”があった

 発達障害という病気にはいろいろ種類がありまして、ボクの場合は主にADHDと多弁症、そしてディスレクシアです。

 学校では落ち着きがなく、注意を受けてもそれを繰り返してしまい、しゃべり出すと止まらない問題児でした。まぁ、そのおしゃべりのおかげで今、生活できているわけですけどもね(笑い)。知的能力には問題ないのですが、読み書き、計算、勉強全般がダメで、小・中学ともに授業は苦痛でしかなく、テストはほぼ白紙でした。当時、発達障害という病名もなかったので、先生は本気で怒るし、自分でも劣等感の塊になりました。引きこもりや登校拒否にならなかったのを褒めてあげたいくらいです。

 ただ、ボクが恵まれていたのは身近に落語があったこと。9歳から始めた落語のおかげで“勉強はできないけど面白い”と認められ、クラスの中で自分の居場所があった。さらにいえば、家庭環境に恵まれていました。この病気に遺伝性があるかどうかは分かりませんが、実は、祖父で師匠の柳家小さんも子供の頃は話が止まらず、学校では問題児だったようです。でも、面白い話をするので人気があったと聞いています。その血を引いた母親も実は話し出すと止まらない人。だからなのか、勉強ができないことをそれほど重視していなかった。これがもし勉強至上主義の親だったら、ボクの居場所はどこにもなかったと思います。

 ボクは病気が分かって救われました。大人になってからも劣等感を抱えていましたから、「脳の障害なんだ」と寄りかかれるものができて初めて楽になれたのです。でも、身内は障害を認めたがらない。だから身内に相談できない同志がボクのフェイスブックをよりどころにしてくれています。

 見た目は普通なので、できないとサボっているとか、ふざけていると思われがちな病気です。だからボクのような者は、「そうじゃない、こういう病気もあるんだ」と発信する義務があると思っています。

 空気を読む努力や本を読む努力はずっと続けています。普通の人の何倍も脳を使わないとそれができないので疲れやすく、睡眠は8時間を心掛けています。おかげさまで読み書きできる漢字はだいぶ増えました。ただ、台本の漢字にはすべてルビを振ります。さっきまで読めていても「ラスト1回」といったプレッシャーで、急に読めなくなるからです。

 昨年末のサイン会では、こんなことがありました。色紙にその日やった演目の「芝浜」を書き足してほしいと急に言われて、分かるはずの文字が出てこなくて……。「浜」から先に書いたら、下に「松」と書いてしまって、我ながらビックリしました。「ちょっとプレッシャーがかかると芝浜が浜松になるんだな」と、最近は自らを冷静に分析しています(笑い)。 =聞き手・松永詠美子

▽やなぎや・かろく 1971年、東京都生まれ。中学卒業後、祖父・5代目柳家小さんに入門。2年半で二つ目に昇進し、22歳の時、戦後最年少で真打ちに。10月26日(金)、27日(土)、イイノホール(東京)で独演会「花緑ごのみvol.36」を開催。新作「鶴の池」(バレエ「白鳥の湖」の落語仕立て)を披露する。著書「花緑の幸せ入門『笑う門には福来たる』のか?」(竹書房新書)が発売中。

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