糖尿病の原因の14%が…大気汚染が引き起こす意外な病気

 糖尿病の14%が大気汚染が原因――。退役軍人170万人を8年半にわたり追跡した米国のワシントン州立大学の研究報告に驚いた人も多いはずだ。過食や運動不足のせいと言われ続けてきた糖尿病が汚れた空気で発症するなんて思いもよらなかった。人は1日にペットボトル2万本もの空気を吸っている。当然、有害な物質も含まれているはずで、それが糖尿病の原因になるのなら、他の病気の引き金になってもおかしくはない。大気汚染と相関関係にありそうな病気はなにか? 

 三重県四日市市の集団喘息障害など、公害に苦しんだ時代の大気汚染による病気といえば、喘息や気管支炎などのアレルギー性の呼吸器疾患が多かった。いまは慢性閉塞性肺疾患(COPD)や肺がんが注目されている。東京医科大学八王子医療センター呼吸器内科の寺本信嗣医師が言う。

「中国では住民が大気汚染で平均寿命が短くなったと報告されています。その陰でCOPDの患者数が急増しています」

 中国では工場の排煙や石炭暖房などによる大気汚染で推定毎年110万人が亡くなる。COPDはそれと関係していると考えられている。

「PM2.5に代表される大気汚染の細かい粒子はたばこと違って肺の隅々まで届きます。自ら煙を吸おうとすると太い気道までは勢いよく入りますが、それ以上はなかなか届かない。ゆっくり吸うと、肺胞はもちろん、血管の中まで細かい粒子が入り込むことがあるとされています」

■発症させる最後の一押し?

 大気に漂う細かい粒子は肺胞の壁を破壊し、肺胞を古びたゴム風船のように弾力を失わせる。空気が吐き出せなくなり酸素不足になって息切れを起こす。落語家の桂歌丸さんの命を奪った病気だ。大気汚染は非喫煙者の発症リスクを高めるのだ。しかも、大気汚染は肺がんのリスクも上昇させる。5年前に欧州の研究者らは欧州全域で行った大気汚染と肺がんに関する大規模研究の成果を英国の医学雑誌「ランセット・オンコロジー」誌に掲載。肺がんに大気汚染が関係していることを警告している。WHOも年間120万人の死亡と肺がん死亡の8%が大気汚染により引き起こされていると推測している。

 汚れた空気は心筋梗塞リスクを上げる可能性がある。川崎医科大学総合内科学3教室の小島淳教授らは黄砂と心筋梗塞の発症との関係を調べている。その研究論文によると、2015年3月までの5年間で熊本気象台が黄砂を観測したのは41日。同期間中に熊本県内で発症した急性心筋梗塞3713人を調べたところ、黄砂が観測された翌日に急性心筋梗塞を発症したケースは有意に多かった。小島淳教授が言う。

「急性心筋梗塞は冬に多く夏に向かって発症件数は減っていく。ところが、3~5月の黄砂が飛んでくる時期に、わずかながら発症数が上がることが研究のきっかけです」

 黄砂は粒子の大きさによっては肺胞にまで達する。黄砂による心筋梗塞発症のメカニズムはわかっていないが、酸化ストレスや炎症が関与していると考えられている。動脈硬化の粥状プラークを破裂させ血栓ができることで急性心筋梗塞を発症させるという。

「ただし、黄砂が高血圧、喫煙、糖尿病、コレステロールと同列の心筋梗塞リスクとは考えていません。発症の一押しになる可能性を考えています」(小島教授)

 東京都ではディーゼル車の規制を強化した2006年を境に、東京都区部で脳卒中の死亡率が8・5%減った可能性があると報告されている。岡山大学の研究者らがディーゼル車規制を強化した06年4月の前後各33カ月にわたり、都が測定しているPM2.5濃度と都区部での脳卒中死者数を1日ごとに調べ、比較した。結果は02年に1立方メートル当たり27.5マイクログラムあったPM2.5が、09年には15.9マイクログラムにまで減少。脳卒中の死者数は2万460人から1万9728人に減った。環境衛生学の第一人者で京都大学大学院地球環境学堂環境健康科学論分野の高野裕久教授が言う。

「大気汚染が全身の健康に影響を及ぼしうるのは明らかです。すでに大気汚染物質が脂肪肝を悪化させうること、ある種の環境汚染物質と高脂肪食を一緒に与えたマウスでは、脂肪肝や肥満、糖尿病のリスクが高くなることが報告されています。動脈硬化への影響も確認されています」

■新たな水俣病も

 最近は水銀も注目されているという。石炭を燃やすと、含有されていた水銀などの金属が大気中に浮遊する粒子にくっつく。それを人が吸ったり、地上に落ちて湖や海に流れ込み、そこで生息する魚介類を人が食べることで新たな水俣病が発生する危険がささやかれているのだ。

 日本の大気は安全でも汚れた空気は国境を越えてやってくる。要注意だ。

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