天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

女性の「発作性心房細動」は男性より早いタイミングで発症

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回はとりわけ高齢女性に多い心臓疾患として「大動脈弁狭窄症」を取り上げました。ほかに女性に多く見られるのが「発作性心房細動」という不整脈です。40歳を越えて仕事や子育てが一段落ついた頃に表れるケースが多い印象です。

 心房細動は、心臓が細かく不規則に収縮を繰り返し、動悸や息切れなどの症状が出る疾患です。長期間続くと心臓内で血液がよどんで血栓が出来やすくなり、それが脳に飛んで脳梗塞を引き起こす危険もあります。「発作性」というのは、1週間以内の持続期間で時々発作が起こるものを指しますが、頻脈の程度が強いと一時的な心臓機能低下から血栓が出来やすくなるのは同様です。

 一般的に心房細動は年をとればとるほど起こりやすくなります。とりわけ男性は高血圧や糖尿病といった生活習慣病がベースになっている場合が多いので、高齢になって心臓の働きが衰えてくると発症するケースが目立ちます。しかし、女性の場合は生活習慣病とは違う要素で起こる心房細動が少なくありません。そのため、男性に比べるとまだ若い40歳を越えたタイミングで発症するのです。

 例えば女性は、もともと親が高血圧体質だったとしても、若い頃は低血圧だったりそれほど血圧が高くないという人が多く見られます。それが30代後半から40代前半くらいになると、血管の老化などから高血圧の要素が表れ始めます。興奮したりストレスを受けたりすると一時的に血圧が一気に上昇するようになり、それが心房細動の原因になるのです。

 また女性の場合、睡眠時無呼吸症候群や歯ぎしりを含めた睡眠障害によって心房細動を発症するケースも多く見られます。

 女性は男性よりも早いタイミングで心房細動を発症しやすいということを意識して、40歳前後になったら日頃から血圧に気を配りましょう。そして、動悸や息切れを感じたらきちんと検査を受けて、自分の心臓の状態を把握しておくことが大切です。

■心臓疾患は女性の方が重症化しやすい

 心房細動とは逆に、女性の方が発症が遅い心臓疾患もあります。狭心症や心筋梗塞などの冠動脈疾患です。高血圧、高脂血症、高血糖、喫煙といった因子が代表的なリスクファクターなので、男性の生活習慣が招きやすい疾患といえます。そのため、全体的な発症率や死亡率は男性の方が高いというデータが出ています。

 しかし、女性は閉経を迎える年代になると冠動脈疾患が急増します。70歳では発症率や死亡率が男性と同等になり、80歳を越えるといずれも男性を上回ります。血管の柔軟性を保護していた女性ホルモンのエストロゲンの分泌が閉経によって減少することが大きく影響していると考えられています。

 自覚症状も男性と女性では異なる傾向があります。男性は胸痛を訴えることがほとんどですが、女性は顎、咽頭、背中などの放散痛や吐き気や嘔吐などが表れるケースが多く見られます。そのため、診断や治療が遅れる場合が少なくありません。

 もともと、心臓疾患は男性に比べて女性の方が重症化しやすく、治療成績も悪いというデータがあります。STSスコアなどの成人心臓血管外科手術におけるリスク解析スコアでも、女性は1・5倍ほどリスクがアップします。一般的に女性は男性に比べて血管が細く、心臓を含めた臓器の構造がもろい傾向があるからでしょう。

 中でも、高血糖の因子があって心臓疾患を抱えている女性はとりわけ注意が必要です。高血糖で動脈硬化が進む過程を経なくても、心臓の働きが徐々に落ちていって寿命を縮めるケースがあるからです。

 女性は、男性とは違う心臓疾患にかかりやすかったり、異なるタイミングで発症したり、重症化しやすいといった傾向があることをまずは意識しましょう。そして、高齢になったら生活習慣をあらためて見直すことが心臓を守ることにつながります。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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