がんと向き合い生きていく

患者にとって「がん」という言葉は計り知れないほど重い

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 私が担当している内科外来診察室でのことです。元商社マンのBさん(80歳)は高血圧で通院治療をしていますが、今回は予定を早めて来院されました。声がかすれるため自宅近くの耳鼻科で鼻からの内視鏡検査を受けたところ、「声帯の安静と抗炎症剤で様子を見ましょう。きっと声帯ポリープで、がんではないだろうとは思いますが……」と言われたそうです。

 ただ、Bさんにしてみれば安心できず、「耳鼻科の先生は『がんではないだろうとは思いますが』と言うが、それでは困る。もっとしっかりしたがん専門の信頼できる医師を紹介してほしい」と言います。ひとまず耳鼻科医が処方した内服薬で様子を見て、また相談することになりました。

 非常勤社員のOさん(65歳・男性)は職場の健診でPSA(前立腺特異抗原)の高値を指摘され、前立腺がんを心配して来院。その際、Sがん拠点病院の泌尿器科を紹介し、2カ月後に検査結果を持参して再び戻ってこられました。

 S病院では、CTとMRI検査の後に前立腺の生検が行われ、10個の検体のうち2個にがんが見つかりました。その後の骨シンチ検査で骨転移はなく、全体の所見から低リスクと診断され、治療はせずに定期的にPSA検査などで経過を見ることを勧められたと言います。医師からは「がんが早期の場合、手術をしても放射線治療をしても、何もしない場合と比べて10年生存率は変わらないという海外のデータもある」と言われたそうです。

 ところが、Oさんの不安は消えません。

「私は、ずっとがんを抱えたまま生きていくのでしょうか? 食べたら悪いものとか、がんを消す何らかの方法はあるのでしょうか?」

 そう訴えるOさんに、私は「まずはS病院の泌尿器科で定期的に検査を続け、普段は健康と思って生活してよい」ということをお話ししました。

■「がん=死」というイメージはまだまだ根強い

 トラック運転手のWさん(45歳・男性)は、勤務している会社で受けた健診結果を持参して来院されました。

 健診結果には「肥満、糖尿病、高脂血症、肝機能障害のため要受診」と記載されていて、昨年も一昨年も同様の指摘を受けながら受診しなかったこともあり、数値はさらに悪化していました。

 私は「糖尿病が悪化していて、このままでは死んじゃうよ。糖尿病の専門医を紹介します」と進言したのですが、Wさんは「今日は時間がないので、また来ますから、薬だけ下さい」と言うだけであまり表情が変わりません。

 しかし、「肝機能の異常もあるし、腹部超音波検査も行います。このような採血結果で膵臓がんが隠れている方もいるんですよ」と話すと、一転して「ぜひ超音波検査をして下さい」と希望されました。幸い膵臓がんは認めませんでしたが、糖尿病科に入院となりました。

 医師の口から「がん」という言葉を聞くと、患者さんの気持ちは尋常な状態ではなくなります。早期がんでも、がんでなくとも、「がん」という言葉はとても重く感じるのです。患者さんの中で「がん=死」というイメージは根強いように思います。がんと言われるとすぐに死が頭に浮かぶ……それは仕方のないことかもしれません。

 一生のうち2人に1人はがんになる、年間100万人を超える方ががんの診断を受ける時代です。しかし一方で、たくさんの方ががんを克服し、働き、元気に生活されています。

 もし、がんと言われて不安になった場合にどうするか。心を和らげるひとつの方法として、「不安な気持ちを誰かに話す」ことが効果的だと思います。話す相手は、家族でもかかりつけの医師でも誰でもいい。自分の心の中だけで我慢し続けるより、外に出した方が気持ちは楽になることが多いのです。たとえ話した相手に失笑されても、その後は、かえって気持ちが楽になります。

 多くの病院には相談室やがん相談支援センターなどがあります。がん拠点病院では、他院にかかっている患者さんでも相談にのってくれます。がんに対する不安は、ひとりで抱え込まないことが大切です。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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