独白 愉快な“病人”たち

扁桃炎で病院を転々…秋川雅史さんが「声」を取り戻すまで

秋川雅史氏
秋川雅史氏(C)日刊ゲンダイ

「千の風になって」が世の中に広まる約10年前、手術で扁桃を切っていました。しかも自分から望んで2度も……。

 そもそもの始まりは、91~92年ごろです。大学院の2年生から風邪を頻繁にひくようになり、ひどい時には毎月、扁桃が腫れていました。

 大学病院で診察を受けると「溶連菌の数値が高い」とのこと。溶連菌(溶血性連鎖球菌)は、感染すると風邪に似た症状が出る菌の一種です。放置しても治るケースもあるということで経過観察になりました。

 その後、あまり良くない状態のままイタリアに留学することになり、声に支障が出たのはその留学中でした。96年初め、喉に激痛があり、口の中を見ると扁桃が真っ赤を通り越し、膿んで真っ白になっていました。でも病院へ行き、処方された抗生物質を飲んだらすぐに効果が表れ、腫れが引き始めたのです。

 今思えば「これで簡単に治るんだ」と考えてしまったのが私の最大の失敗でした。完全に痛みが取れ、治ったと思ったところで服用をやめてしまったのです。薬はなるべく飲みたくない主義でしたし、抗生物質は飲み切らなければいけないことを知らなかった。

 その結果、扁桃が膨れたまま治ってしまい、それを境に一定音域にくると声にガリガリと雑音が入るようになりました。

 一時帰国して受診したら、医師から「扁桃と声は関係ありません」と言われ、原因不明のまま再びイタリアへ……。でも結局、声は改善されずに帰国を余儀なくされました。

 帰国後は、「医師が何と言おうと、原因は扁桃だ」という確信があり、「扁桃を切りたい!」の一心で病院を探しました。

 扁桃と声は関係ない。だから「高い声が出ないだけじゃ扁桃を切る理由にならない」という医学の常識の中、「年に6~7回も風邪をひく」という理由なら手術ができるということになり、何とか手術にこぎ着けました。そして、術後の激痛に耐えながらも「これで治るんだ」とわくわくしていました。

 ところが練習を再開すると、まったく治っていなかった。希望から一転、この時ほど精神的にツラかったことはありません。「やはり関係ないのか?」という思いがよぎる一方で、「絶対に何か原因があるはずだ」と信じ続け、声に特化した医師を人づてに聞いて7~8軒の病院を転々としました。

 そこで、やっと光明を見つけました。

「扁桃は喉以外に鼻の奥や舌の根元にもある。君は全部の扁桃が腫れ上がっていて、特に舌の根元の舌根扁桃が肥大している。それが食道と気管の間にある蓋の開きを邪魔している」

 つまり、声は高音域になるほど、その食道と気管の間にある蓋を大きく開くので、肥大した舌根扁桃が当たって雑音を出すのだろうと指摘されたのです。

 それを聞いた瞬間、「それだ!」と確信しました。ただ、舌根扁桃の周辺には太い血管が通っているので医師が嫌がる手術だとのことでした。

 それでも何とか手術してくれる先生を見つけて舌根扁桃を切ったことで、完全に従来の声に戻りました。

■歌がうまくなる喜びが大きい

 病気をするまで「自分には才能があるんだ」と過信していました。この声と歌のうまさはテノール歌手だった父親譲りだから、あって当たり前だと勘違いしていたのです。病気になって初めていろいろなことに「感謝」するようになりました。自分が持つ最高の魂や精神を注いで歌うことで、聴いてくださる人に感謝を示したいと考え始めたのもその頃からです。

 今でも、常に自分がイメージする声に近づこうと日々練習しています。声を磨こうとすると大事なことはやっぱり摂生なんです。けれど、人生の楽しみって不摂生にあるじゃないですか(笑い)。たとえばおいしいものは体に悪いし、お酒や夜更かしもそうです。でも、生活全般にわたってそうした楽しみを我慢してもなお、歌がうまくなる喜びの方が今は大きいんです。先日のロシアW杯の日本代表戦でも、ゴールの瞬間に歓喜の声を上げることをグッと抑えましたもんね。

 もし、病気をしていなかったらこの気持ちは持てなかったと思います。神様はきっと父親譲りの素晴らしい声を私に与えた代わりに、声を維持するための試練も与えたのかもしれません。

 生活では、エアコンの使用を控えることと、食事の時間には気を使っています。朝昼晩、それぞれ何時から何時に食べると決めています。ただ、食べる物に関しては常識にとらわれません。

 例えば辛い物は喉によくないといわれますが、新陳代謝が上がり、全身の回復力を高めてくれるので、むしろコンサート後にはいい、というのが私の持論です(笑い)。

▽あきかわ・まさふみ 1967年、愛媛県生まれ。国立音楽大学・大学院で声楽を学び、4年間のイタリア留学を経て帰国。2001年に日本人テノールとして最年少CDデビューを果たし、06年「千の風になって」のヒットで一躍有名になる。8月17日(金)、東京サントリーホール「秋川雅史~聴いてよく分かるクラシック2」チケット発売中。

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