天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓が弱っている人は水分の取り過ぎに注意が必要

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 酷暑が続き、毎日のように熱中症で倒れる人が相次いでいます。予防のためには小まめな水分摂取が大切ですが、心臓が弱っている人は注意が必要です。水分の過剰摂取が心臓に負担をかけ、酷い場合には重症化してしまうケースもあるからです。

 とりわけ水分制限が重要になるのは「心不全」の患者さんです。心不全というのは病名ではなく、すでに心臓疾患を抱えているなどで心臓の機能が低下し、十分な血液を送り出せなくなっている状態を指します。

 心臓が正常に機能している人の場合、点滴を10リットル入れると8リットルくらいの水分が尿として排出されます。ところが心不全の患者さんは、10リットル入れると4リットル程度しか排出されません。体内の水分は血液として心臓から腎臓に送り出され、尿として排出されます。ポンプである心臓の働きが弱っている人は、腎臓に血液を十分に送り出せないため水分をうまく処理できず、水分が体内にたまってしまうのです。

 体内の水分が増えると血液量が増えるので、それを循環させる心臓の負担は大きくなります。また、増えた水分は肺に染み出してたまります。すると、血液に酸素を取り込みにくくなる肺うっ血となり、全身状態が悪化してしまうのです。

 先にも言ったように、水分は腎臓で処理されます。ですから、心臓の働きが弱っていることに加えて腎臓も悪い人は、余計に水分摂取に要注意です。場合によっては、水分の過剰摂取が命に関わる事態につながりかねません。このような方では足のすねの部分でむくみが起きやすくなります。午前中にむくみを自覚したら要注意です。

■自覚症状がなくても心臓疾患が隠れているケースが

 胸痛、息切れ、動悸など心臓に自覚症状がなくても、水分摂取に気を付けるべきケースもあります。糖尿病を抱えていたり、高血糖状態を放置している人は自覚がないまま心臓の働きがどんどん弱くなることも珍しくありません。そういう人が突然、心不全を発症して病院に運ばれ、実は何らかの心臓疾患にかかっていたという事例もあります。気付かないうちに心臓が衰えていて水分の過剰摂取が“引き金”になってしまわないようにするためにも、糖尿病や高血糖の人は検査を受けて心臓の状態をきちんと把握しておくことが大切です。

 また、それまで何の問題もなかった人でも、水分を取り過ぎたことで前述のように足がむくんだり、お腹が張って体が重いように感じ、動くと息切れが早く出るといった場合、心臓や肺に病気が隠れている可能性があります。思い当たる人は心臓の検査をおすすめします。

 とはいえ、一般的には心臓に大きなダメージとなるのは「脱水」です。とりわけ高齢者は、もともと体内の水分量が少ない傾向があり、その状態から暑さで発汗すると、体内の水分はさらに減ってしまいます。“水かさ”が減ると心臓は血液を体内に送り出しにくくなり、低血圧の状態が起こります。そうなると、臓器の循環が悪くなるため「水を飲みたい」という感覚がなくなり、ますます悪循環になってしまうのです。めまい、吐き気、全身倦怠感などの症状が表れ、重篤化すると熱中症になってしまいます。7月初めに天皇陛下が脳貧血によるめまいと吐き気の症状を訴えられたのも、水分不足による低血圧が関係していたのではないかと推察しています。

 こうした状態を防ぐためには、やはり普段から発汗した分の水分を補うことが大事です。発汗量以上の水分を過剰に補ってしまうケースは比較的若い人に多く見られますが、心臓の働きに問題がなければ水分は摂取すれば摂取した分だけ尿として排出されるので問題ありません。

 ただ、若い人の中には拡張型心筋症などで心臓の働きが少し落ちている場合があります。そういう人は水分の取り過ぎに気を付ける必要があります。

 熱中症の予防だけでなく、心臓を守るためにも、不安がある人は心臓の検査を受けて状態を把握しておきましょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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