実録 父親がボケた

<15>介護疲労がたまりにたまり常識人の母が暴言を吐いて…

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 仕方なく実家へ飛んで行き、父の目の前で弔電を打ってなだめる。漆盆付きで8000円なり。父はしばらく興奮状態だったが、さすがに娘がわざわざ東京から来て弔電を打ったことで、冷静になってくれたようだ。

 問題は父の認知症ではなく、母の対処だ。いつまでも興奮冷めやらぬ父に対して、苛立ちを募らせた母は差別的かつ暴力的な発言で応酬していたのだ。もうね、お互い罵り合うような大喧嘩ですよ。

 母の名誉のために書いておく。母は空気をちゃんと読むことができる、まっとうな常識人だ。思想は左巻きだが、上から目線で人を罵倒したり、出自や背景で人をさげすむことは、決してしない人である。

 ところが、今回の原稿に書けないレベルの暴言を吐く母を見て、改めて「在宅介護の弊害」を強く感じたのだ。

 そもそも、ひとりで歩けない父が葬儀に参列できるわけがない。口先だけで、認知症だから明日には忘れてしまう。うんうんと受け流せばいいものを、母は真正面で受け止め、売り言葉に買い言葉を展開しちゃったのだ。

 というのも、介護疲労がたまっていたからである。夜中に何度も起きてトイレに行く父を介助し、朝は尿で汚れた衣類と寝具とポータブルトイレを洗い、3度の食事を作り、風呂に入れて体を洗って着替えさせ、入所時に持ち込む生活用品を揃え、衣類に名札を縫い付け……。もし私だったら酒でも飲まないとやってられないと思う。

 母は悪くない。暴言には仰天したが、ストレスをためない「認知症との付き合い方」を心得ればいいだけの話。

 良書があったので、さりげなく母にすすめた。右馬埜節子著「認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ」だ。母もこれを読んで、己の凶行を反省したようだ。

 父の16日間自宅ステイは、母に「在宅介護は無理」という諦観をもたらした。罪悪感を払拭し、覚悟を決めたように見えたのだが、これ、実は根がとても深い問題だったので、またの機会に書こう。

吉田潮

吉田潮

1972年生まれ、千葉県出身。ライター、イラストレーター、テレビ評論家。「産まないことは『逃げ』ですか?」など著書多数

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