ゲノムが世界を変える

狙った遺伝子を追加・修正・削除…ゲノム編集がやってきた

(C)PIXTA

 生物の遺伝子を自在に改変し、新たな性質を持たせる。体内のがん細胞やエイズウイルスを死滅させる。熱帯病を媒介する蚊を地上から完全に消滅させる……。

 SFの話ではありません。いま世界中の生物学者をトリコにしている「ゲノム編集」を使えば、そう遠くない未来に、すべて実現するはずです。それどころか、すでに農作物や家畜の品種改良で、多くの成果が出始めています。

 医療への応用も急ピッチで進められており、たとえば筋ジストロフィーといった難病が治療できることも、マウスのレベルで確かめられています。

 今世紀に入ってから、バイオの世界では驚異の大発見が続いています。なかでも京都大学の山中伸弥教授らによる、体細胞からiPS細胞(多能性幹細胞)を作り出す方法の発見は、日本人なら誰でも知っているはずです。この発見によって、再生医療の研究が飛躍的に進みました。

 しかし世界の研究者とバイオ企業がもっとも注目しているのは、ゲノム編集です。iPS細胞は実用化まで、まだ長い道のりがあります。ところがゲノム編集は、すでに実用化のレベルに達しているからです。

 ゲノム編集を一言で説明すると、狙った遺伝子を、まるでワープロソフトで編集するように追加・修正・削除する技術、ということになります。いくつかの方法があるのですが、とくにCRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン、略してクリスパー)と呼ばれるものが、その安さと手軽さから、圧倒的な人気を集めています。

 その方法は、あっけないほど簡単です。ネットからクリスパーの試薬を注文し、顕微鏡下で生物の受精卵などに注入する、たったそれだけです。しかも試薬の値段はたかだか数百ドル(数万円)。実体顕微鏡(2~30倍程度の低倍率で薄切り標本なしで使える)と、ちょっとした器具があればどこでもできますし、高校生でも少し練習すればできてしまいます。

 そのため今や大学・大企業の研究者のみならず、ガレージサイエンティスト(素人科学者)や、大当たりを狙うにわかベンチャーなどが入り乱れて、研究競争を繰り広げているのです。

 われわれの生活を一変させてしまうかもしれない新技術。今回はその原理と、どこまで応用が進んでいるかを見ていくことにしましょう。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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