がんと向き合い生きていく

X線を一から教えてくれた先輩をがんで亡くして考えたこと

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 私が尊敬するM医師が肺がんで亡くなりました。消化管のエックス線・内視鏡の診断技術、医師としての生き方、さらにはお酒など、何かとご指導いただいた恩師です。

 20年ほど前に医院を開業され、地域の方々からの信頼も厚い医師でした。肺がんが見つかった後、検査を受けながら1カ月ほど診療を続けていましたが、脳と肝臓に多数の転移があって病状はみるみる悪化し、入院からわずか約1カ月で亡くなりました。肺がんの中でも悪性度の高い組織型でした。

 確証はありませんが、M医師のがんは放射線被ばくが一因だろうと考えています。M医師は20~30代の頃に暗い透視室の中にこもり、胃、胆管、膵管の造影など、がんを早期で見つけるため熱心にたくさんのエックス線写真を撮っていました。間違いなく被ばく線量が多かったと思うのです。

 私の10年先輩にあたるS医師は、放射線被ばくで右手指ががんになり指を3本失いました。その後、肺がんにかかって亡くなっています。S医師は私が医師になったばかりの頃、直接、胃エックス線写真の撮り方を教えて下さいました。真っ暗な透視室の中で、患者が飲んだバリウムが胃壁にきれいにのってがん病変の範囲が鮮明となる写真を撮るため、時には鉛の手袋をつけずに素手で患者の腹部を圧迫していました。S医師の手の骨が患者の胃の影と一緒に透視された画面を私はジッと見ていました。

 2人の尊敬する先輩は、患者のため、そして医学の進歩に大変貢献されました。しかし、ご自身ががんを患うことになる20年以上前に、いわば無謀な放射線被ばくをしていたと思うのです。

■被ばく線量が一定以上超えるとリスク上昇

 放射線が原因でがんが発生する場合は、放射線によって障害された遺伝子を持ったまま細胞が分裂を繰り返し、がん細胞になると考えられています。たくさんの放射線を被ばくした場合、がんになる確率が増すことは広島や長崎の被ばく者の調査、動物実験などから明らかです。すべてががんになるというわけではありませんが、被ばく線量が100ミリシーベルト(短時間1回)を超えると、がんになるリスクがアップするのです。

 放射線が原因となる白血病は線量に比例して増加することが分かっています。福島原発の事故でも被ばくした作業員が白血病となり労災が認定されています。同様の固形がんは、被ばく後10年以上経ってから増えるといわれます。そのリスクは線量だけでなく、被ばく時の年齢にも関係するようです。被ばくした時期が甲状腺がんでは若いほど、乳がんは思春期で高く、結腸がんは年齢に関係しないようです。

 東日本大震災で起こった原発事故の時、ある放射線専門家は「低い線量だから大丈夫」と言っていました。研究者によってさまざまな意見がありますが、あれから7年が経ち、いま福島では甲状腺がんが多く発生しているのではないかと議論されています。これから、がんの発生が増えないことを祈ります。

 がんだけでなく、福島原発事故は、ほかにもたくさんの問題を抱えています。放射能汚染水の処理はどうするのか、2000万個以上もの除染土の袋はどうするのか、そして被ばく労働者はどう保障されるのか……。

 青森県の寒村だった六ケ所村は、日本中の原発から“核のゴミ”が集められる「六ケ所再処理工場」建設を受け入れ、村民の所得が日本一になったそうです。「命を金で売った」「地震が怖い」といった声も聞かれましたが、今年6月の村長選挙では、原発推進派の候補者が圧倒的な勝利を収めたそうです。

 日本は原爆が落とされた世界で唯一の国です。それが核兵器禁止条約には参加しませんでした。さまざまな立場や事情によって、いろいろな議論があるのは確かです。しかし、政治や経済以前の問題として、地球のため、人類のため、原発はゼロにしなければならないと私は思っています。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

関連記事