天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓病手術後に要介護にならないためには脳梗塞を防ぐ

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 人生100年時代になり、避けては通れないのが介護の問題です。00年は218万人だった要介護認定者数は、17年には600万人超まで増加しています。心臓疾患は高齢者に圧倒的に多いだけに、中には手術を受けて心臓の機能は回復したのにその後で要介護になってしまう患者さんもいるのです。

 その原因の多くは術後の脳梗塞で、リハビリがうまく進まないと寝たきりになってしまいます。実は心臓手術を受けた患者さんは、手術が完璧だったとしても術後に脳梗塞を起こすリスクがアップします。治る過程で生じる癒着によって、どんなに丁寧に縫合しても心臓の拡張が制限されてしまうため、心臓内で血液がよどんで血栓が形成されやすくなり、脳梗塞の原因になってしまうのです。

 近年は、術後に心房細動を起こし、それが原因で脳梗塞を発症するケースが増えています。心臓手術を受けた患者さんの20~30%に起こるという報告もあります。心房細動は、心臓が細かく不規則に収縮を繰り返す不整脈のひとつで、心機能低下に伴って心臓内で血栓ができやすくなるため脳梗塞につながるのです。

 こうした心臓が原因となる心原性脳梗塞は、脳梗塞全体の3分の1を占めているうえ、高血圧などが原因のものよりも重症化しやすい傾向があります。半数以上が命を落とすか、半身まひで要介護になってしまうので注意が必要です。

 全体的にみると、いまは心臓手術後に脳梗塞を起こす患者さんの割合は1~3%くらいで、さらに要介護になってしまう確率はかなり低いといえます。ただ、それでも万が一に備えておくことは大切です。

 術後の心原性脳梗塞を防ぐ方法のひとつが血液を固まりにくくする抗凝固剤を服用することです。ただ、人工的に血を止まりにくくするため、アクシデントがあった時に重篤な状態になってしまうリスクが非服用者の2倍以上といわれています。心臓手術を受けてから抗凝固剤を飲んでいた患者さんが転倒し、脳出血を起こして植物状態になってしまったケースもありました。

 そこで、われわれは「左心耳切除術」を行っています。心臓の手術に付随して、血栓の多くが形成される心臓の左心耳という袋状の部分を取り除き、再び縫合して血液の行き来を遮断する方法です。抗凝固剤を服用するよりも40%以上有利に脳梗塞を予防します。

 ただ、全国のどの病院でも実施されている治療ではないので、患者さんが希望しても断られるケースもあります。その場合、病院のホームページなどをチェックして左心耳切除術を実施している病院を探して相談してみてください。

■心房細動を見逃さない

 心原性脳梗塞を防ぐためには、術後の心房細動を早い段階で見つけることも重要です。早期に発見すれば、循環器内科が行うカテーテルアブレーションなどの治療で完治も望めます。 

 ですから、患者さんは「心臓の手術を受けた後は心房細動を起こしやすい」ということをしっかり認識して、少しでも違和感があれば担当医に相談しましょう。また、心房細動は無症状な場合も少なくないので、定期的に検査を受けて状態をしっかり把握しておくことも大切です。心房細動を放置しないようにすることが肝心なのです。

 心臓手術は「患者さんの快適な予後をつくることができる」治療です。命が尽きるまでずっと鼓動し続ける心臓は、悪くなるとあらゆる場面で生活が制限されます。しかし、手術で心臓の機能を取り戻せば、その制約から解放されます。それまでできなかったことができるようになったり、食べられなかったものが食べられるようになることで、体力も回復していくのです。心臓手術を受けたことで、生活が一変したという患者さんはたくさんいます。

 そうした喜びを感じながら天寿を全うするためにも、術後もしっかり心臓のケアをして脳梗塞を防ぐことが重要なのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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