ゲノムが世界を変える

ビル・ゲイツが推進 遺伝子ドライブで有害生物を皆殺し?

(C)PIXTA

 マイクロソフトのビル・ゲイツが推進している「ターゲットマラリア計画」をご存じでしょうか。マラリアは蚊が媒介する熱帯病のひとつ。毎年、数千万人が感染し、数十万人が亡くなっています。治療薬はありますが、ワクチンはなく、蚊に刺されないことが最も有効な対策です。しかし、この計画では、蚊そのものを地上から抹殺しようとしているのです。

 それには「遺伝子ドライブ」という聞きなれない方法が使われる予定です。これもゲノム編集の応用のひとつです。

 まず蚊の遺伝子を操作し、子供がすべて雄になるように改良を加えます。これを自然界に放すと、野生の蚊と交配して雄の蚊ばかりが生まれます。しかし、代を重ねるごとに人工の遺伝子が薄まっていき、やがて効果がなくなってしまいます。

 そこでさらに、交配相手の染色体に、雄遺伝子を自動的に組み込むための分子ツール一式(CRISPR配列、Cas9酵素の遺伝子、ガイドRNAをつくるための遺伝子)を搭載するのです。すると、受精卵の中でクリスパーが作動し、野生の親から引き継いだ染色体にも、自動的に雄遺伝子を挿入してしまいます。これにより、代を重ねるごとに雄がより多く生まれて雌が減っていくため、数年もすればその地域の蚊が絶滅する、というシナリオです。これが遺伝子ドライブです。

 遺伝子ドライブは、実験室レベルではすでに成功しています。また蚊以外の動植物でも可能です。有益な遺伝子を農作物に組み込んで、短期間に地域全体、国全体に広めるといったプロジェクトや、外来生物の駆除に使おうという計画も、各国で現実味を持って話し合われています。

 ただ、遺伝子ドライブは一度始めてしまえば、中止するのはほとんど不可能です。「環境や人間にどのような影響を与えるか」といったことは、まったく予想できません。また使い方を間違えれば、核兵器を超える脅威になる可能性すらあります。

 とくに、世界中のバイオハッカーたちの動向が気がかりです。彼らが遊びでつくった改良生物が逃げ出し、われわれの生活を脅かすことはあり得る話です。しかし全員の動向を監視し、規制をかけるのは、ほとんど不可能です。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

関連記事