特養に入所できる条件は、要介護度3以上だ。父は4で、「排泄や入浴などの日常生活全般に全面的な介助が必要」。唯一、食事だけは介助不要。箸を使えるし、出された食事はいつも完食。食事は施設内で作られるので、できたてホカホカだ。自宅から持参した陶漆器を使えるし、悲惨なムショメシではない。
ただし、空間認識能力が低いため、とにかく服や床に食べこぼす。食堂の床は父が座る席の下だけ食べ物がこびりついている。母も私も、行ったら必ず拭くようにしている。
入所してすぐに転倒も経験。尻もち程度でケガもなかったが、私たちが知らないところで頻繁に転んでいるようだ。しかも結構豪快に。「(父は)体が大きいから転ぶと怖いのよね、巻き込まれそうで」と入居女性から言われた。
彼女は身体的な介助は必要だが、認知症はない。テレビを見て政権批判するくらい聡明で、毎朝新聞も読んでいる。父にも時折話しかけてくれている。私も母も、おそらく父も、彼女のことは好きだ。
その一方で厄介な人も。父のいるユニットは全10人で、その中の1人は認知症で徘徊(はいかい)が激しい。ずっと歩き回るだけでなく、人の部屋に侵入して物を持ち出したり、失禁や脱ぷんをしてしまう。汚れた手で触りながら歩き回るため、入居者から大ひんしゅくを買っている。その蛮行にストレスをためる人も多く時折、職員や彼の家族に不満をぶつけている場面にも遭遇した。その人は父の部屋にも頻繁に来訪。ハサミや電気シェーバーが紛失したことも。返ってきたから問題ない。が、「夜中に誰かが入ってきて眠れないんだ」と、父もぼやいていた。
入居者同士のトラブルは想定外だった。背景が異なる人の共同生活だから、いさかいも当然起こる。心の中では映画「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」と思うようにした。毒舌のアライグマもいれば、怒ると怖い木もいる。烏合(うごう)の衆といったら失礼だが、十人十色。病気も老化も個性と受けとめるしかない。
実録 父親がボケた