がんと向き合い生きていく

劇的な効果例も 「免疫療法」でがん治療の時代は変わった

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 月に1度、ある病院に出向き、腫瘍内科医からがん患者の治療について相談を受けています。その中で、衝撃的な相談例がありました。

 電子カルテを見ると、患者は40歳の男性で、進行した肺がんで右肺全摘術を行いましたが、がんはすべて取り切れませんでした。胸膜に残ったがんは急速に大きくなり、2カ月後には大きいもので径3センチと5センチほどになっていました。発熱など体の状態も悪化している状況で、そこから「免疫チェックポイント阻害薬」が使われました。すると、たった2回目の治療を終えた後に撮影したCT画像で、がんの影がほとんど消えたのです。

 従来の抗がん剤治療ではあり得ない、これほどの効果は誰にも考えられません。これまでも免疫チェックポイント阻害薬で効果があった例は見てきましたが、このCT画像を目にして、私は「がん治療の時代は変わった」と思いました。

 肺がん治療の領域では、10年ほど前に1度目の大きな進歩がありました。分子標的薬「ゲフィチニブ」(イレッサ)の出現です。発売された当初は、不幸にして副作用の肺障害で亡くなった患者がたくさん報告されました。しかしその後、がん細胞にEGFR遺伝子変異が認められた場合では70%以上に効くということが分かりました。

 そして、がんのために寝たきりになっても脳に転移があっても、EGFR遺伝子変異があった患者ではこの薬を飲めれば多くは著しい効果が認められ、「死人を蘇らせる効果」とまで言われました。ただ、完全に治ることは少なく1年程度の効果で、その後は効かなくなることが多いのです。

■まだはっきり分からない点も多いが…

 今回の免疫チェックポイント阻害薬は2度目の大きな進歩といえるでしょう。がんの免疫療法は昔からいろいろと工夫されてきましたが、すべて効果なしでした。民間療法的な、あるいは効きもしないのに“金儲け”のような信頼できない治療法も「免疫療法」とうたわれていたようにも思います。

 これまでの抗がん剤治療や分子標的薬は、薬剤が直接がん細胞を叩くものです。ところが、免疫チェックポイント阻害薬は、自分自身の体にあるT細胞というリンパ球ががん細胞を叩けるように仕向ける薬です。つまり、薬が直接がん細胞に働くわけではないのです。

 免疫チェックポイント阻害薬は、今回の報告のように、中にはものすごくよく効く場合もあるのですが、すべての人に効くわけではありません。PD―1、PD―L1陽性例に効くと考えられていますが、どのような患者に効果があるのかは、まだはっきり分かっていないのが現状です。

 もともと、最初は悪性黒色腫にだけ効くと考えられていました。それが肺がんにも効果があることが分かり、その後、いろいろながん、たくさんの患者に使われるようになりました。とはいえ、それもまだはっきりしていないことが多く、胃がんに対しては保険適用になっていますが、大腸がんには効きにくい(リンチ症候群は別)ようです。

 効果が認められたとしても、いつまで使えばいいのかなど、まだ分からないことが多い薬で、副作用もこれまで抗がん剤で経験したものとは全く違います。皮膚炎、肺線維症、大腸炎、肝機能障害、腎機能障害などの他に、膵臓のβ細胞が破壊されてインスリン欠乏のⅠ型糖尿病、甲状腺疾患など、従来の薬剤では考えられなかった副作用が起こるのです。

 肺線維症や皮膚炎はステロイドホルモンが効くようですが、糖尿病、甲状腺疾患ではそうはいかないようです。こうした副作用については、内分泌科、神経内科など、これまでのがん治療にはあまり関係していなかった各科が揃っている総合病院での対応が望まれます。

 しかし、それでも今回のような劇的な効果を目にすると、がんの薬物治療の時代は確実に変わってきたと思わされます。ようやく、本当に効果の見られる免疫療法が出てきたのです。いまや世界では免疫チェックポイント阻害薬と抗がん剤の併用など、臨床試験がたくさん行われています。

 高額な上に、まだまだ分からないことが多いことは事実ですが、中には驚いてしまうほど効く例があるのです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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