過去のトラウマが原因で病気に…WHOも推奨の治療法とは?

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

「父親に激しく暴力を振るわれた」「母親から“おまえなんてうちの子じゃない”と罵られ、それ以後、無視された」「学校でいじめに遭った」「先生に性的関係を強いられた」――。過去の理不尽な記憶が心の傷(トラウマ)となり、それが原因で病気になったり、性格や行動が変わってしまったりする。トラウマによって起こるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療は困難だが、WHO(世界保健機関)が推奨する治療法がある。EMDR療法はそのひとつだ。どんなものか? 「こころとからだ・光の花クリニック」(東京・阿佐谷)の白川美也子院長に聞いた。

「PTSDのある人は、トラウマ記憶という特殊な記憶ネットワークを抱えています。その体験を思い出すと、通常なら起きる適切な記憶の情報処理が滞り、心身に異常が起きるのです。その対処法としてエビデンスが認められている治療法が、『トラウマ焦点化認知行動療法』と『EMDR療法』です」

 前者の代表、持続エクスポージャー療法(PE)は、トラウマになっている出来事や感情を繰り返し話してもらい、セラピストが傾聴することで慣れが起きて、つらく悲しい出来事は過去のものであること、それに対処することができることを明確に認識できるようになる方法だ。

 一方、EMDR療法は、トラウマとなった出来事を思い出しながら、トラウマ記憶の根源をなす否定的な自分や世界に対する考えを、肯定的な考えに改善する。その間、眼球運動やタッピングなど左右交互の刺激を加える。

 新たな記憶が浮かんでくれば、それを手掛かりにして再び刺激を加える。これを繰り返すことで適応的な記憶の処理が進み、トラウマに伴う心と体の症状が解消されるという。

 この程度なら一人でもできそうな気がするが、どうなのか?

「難しいです。トラウマになる記憶は一度、咀嚼して記憶するには大き過ぎるので、通常の記憶ではなく、いつもの自分とは隔てられた別の場所に、まるで冷凍保存するようにしまわれています。そのトラウマ記憶の処理を行うときには当時の感覚、感情、思考などが生々しく思い出されたり、思いがけない記憶が出てきたりすることもあるので、適応的な情報処理を適切に促す技術が必要です。このため治療法に熟練したセラピストが行う必要があります」

 実際に中学時代に教師から「これが恋愛」と思い込まされ、性的虐待を受けた女子高生は、この治療で苦しみから解放されたという。記者も30分ほどEMDR療法を受け、自分が抱えていたある記憶を客観視できるようになり、その苦痛度が減じることを体験できた。

 ちなみにPTSDの症状は主に4つある。フラッシュバックや悪夢などの「再体験」、トラウマの引き金となる場所や思いを避けるための「回避」、不眠になったり、神経が高ぶる「過覚醒」、自他に対するネガティブな考えや、情動不安定、抑うつ、感情麻痺など「認知と気分のネガティブな変化」である。

■「過去」てはなく「今」の自分を変える

「トラウマ治療というと、こうした症状が出ないように、過去の記憶を消したり変えたりすると思っているかもしれませんが、間違いです。トラウマから回復するということは、過去を変えることではなく、あくまでも過去の心の傷に影響を受けている『今の自分』を変えることなのです」

 それには、心の中に占める過去の記憶を減らすだけではなく、「今・ここ」にいる状態を少しでも増やし、現在の体験を豊かにすることが重要だと白川院長は言う。

「その第一歩として、自分が安全だと感じる場所を思い浮かべたり、落ち着いている体の状態を再現したりできるような、自分なりのやり方を見つけましょう。EMDR療法を受ける場合も、『今は安全な場所で、つらかった過去の話をしているのだ』という思いを持つよう心がける必要があります」

 トラウマの治療が進み、「思い出しても安全だ」という体験を重ねていくうちに、感情と適切な距離が取れるようになり、記憶が過去のことと認識できるようになり、症状が出てきたときに、「これは症状なんだ」と分かるようになるという。

「トラウマを抱えた人は、トラウマの原因となった出来事は“自分の落ち度のせいではないか”“自分はそんな目に遭っても当然な人間なんだ”といった自分を否定する気持ちが強く、なかなか自分を認められません。頑張っている自分を褒めて、認めることが大切です」

 正しいやり方をすれば、トラウマからは回復できると白川院長は言う。関心のある人は日本EMDR学会の治療者リストに載っているセラピストに相談することだ。

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