近づく子供の自殺最多の日…兆候と親の対処法を医師に聞く

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 多くの学校では夏休み明けの始業式まであと4日。やり残した宿題に親子で四苦八苦という家庭も多いはずだ。しかし、今は宿題を見てやるより子供たちの顔色、言動を注意深く見守った方がいい。夏休み明けの始業式の前後は年間で最も多くの子供たちが自ら命を絶つ危険な時期でもある。独協医科大学埼玉医療センター「こころの診療科」の井原裕教授に、子供たちが発する自殺のサインと対処法を聞いた。

「若干誤解があるようですが、子供の自殺の原因は学校の人間関係だけにあるわけではなく、『家庭』とか『学業』であったりもします。言うまでもなく、9月1日になって突然、死にたくなるわけではありません。自殺する子供は日頃から死の願望を抱え、それにあらがいながら生きています。子供たちは皆、“あすから学校か、嫌だな”と思います。その誰もが抱く思いが、一見するとささいに見えるにもかかわらず、最後の一押しになって自殺に至ると考えられます」

 実際、家庭問題で過酷な状況に置かれている子供は少なくない。経済的理由から親が子供の孤独感に気付きにくい場合や家庭が崩壊して、子供が途方に暮れている場合も多いという。

「たとえば父親の暴力で離婚して母一人、子一人で暮らしている。そんな子が、ある日、母に恋人ができたことを知る。“たった一人のお母さんまで奪われてしまった”と思うかもしれません」

 友達関係も良好で一見、何の問題もなさそうでも学業不振による将来への不安に死ぬほど悩んでいる子供たちもいる。

 ただ、思春期を迎えた子供たちは弱みを見せたくないし、親に心配をかけたくないという思いも強い。学校でいじめに遭っていればなおさらだ。しかも「親に相談しても騒ぎになるだけで解決にはならない」と考える傾向がある。

「それでも自殺リスクのある子供はサインを出しています。学校でも家庭でも孤立しているかもしれないし、イライラして機嫌が悪くて、声をかけても返答がないかもしれない。それでも、親は声をかけるのをためらってはいけません。子供は話を聞いてないわけではない。親のかける言葉はすべて聞こえています。聞こえないふりをしているだけです。親は、子供を守る最後の砦です。だからこそ、親は子供たちの言動に注意を払い、いつでも見守っていると言葉で伝えていってほしいのです」

■親が価値観を変えることが重要

 実際、「子供が相談してくるまで待つ」と思っているうちに手遅れになる場合も少なくない。子供はSOSを発していたのに、それに気づくべき家族が真剣に受け止めなかったばかりに「誰も頼りにならない」と絶望したとみられている。

 自殺リスクの高い子供たちに絶対的な対処法はないが、まずは子供たちが話ができるような雰囲気をつくり、最後まで話を聞くという姿勢を見せることが大切だという。このとき、子供が「学校に行きたくない」と言ったら、それを否定せず、学校や世間が押し付ける「良い成績を取って良い学校に入ることが幸せ」という価値観を否定し、多様な生き方を示すことが重要だ。

「いまの子供たちは、偏差値という単一の価値観に縛られすぎです。偏差値が高い学校は良い学校で、そこにいる生徒は幸せになると思い込んでいるのです。でも、難しい英語が読めないとか、微分積分がわからないからといったって、それで将来不幸になるわけではありません。実際は、学校もいろいろです。難関大学を目指して猛勉強させる学校もあれば、料理を作ったり、測量技術を競うなど、実習系の勉強をしている学校もあります。それぞれのやり方で、人生を充実させるための方法を教えてあげればいいのです」

 ただし、このとき注意したいのは「嫌なら学校に行かなくていい」と安易に言わない方がいい。

「ヒトは集団行動をする動物です。私は不登校児を多数診ていますが、成長期に他人との交流が乏しいのは、不利だと思います。集団の中でもまれないと、自分を守るスキルだって鍛えられません。対人経験の不足を補うためには、転校、フリースクール、予備校など、他の選択肢を探してみてほしいと思います」

 人はそれぞれ成育していくスピードも能力も違う。成長の過程にある子供たちはそれを認めにくい。だからこそ親が冷静になってそれを認め、その子にふさわしい生き方や考え方、幸せの求め方を一緒になって考える。それが子供の自殺防止につながるのではないか。

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