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一流科学雑誌も注目 リハビリ効果アップする初の化合物

高橋琢哉教授
高橋琢哉教授(提供写真)
高橋琢哉教授 横浜市立大学大学院・医学研究科生理学(横浜市金沢区)

 今年4月、米科学誌「サイエンス」に「脳卒中後のリハビリ効果を高める新薬につながる化合物を突き止めた」という論文が発表された。

 研究を行ったのは、横浜市立大と製薬企業の富山化学工業のチーム。動物実験に用いた化合物は、同社が開発した「エドネルピク・マレアート(以下、化合物)」という物質だ。薬効は、脳の神経細胞同士の情報を伝達する「シナプス」という構造体の「AMPA(アンパ)受容体」の数を増やすというものである。

 国内のAMPA受容体研究の第一人者で、今回の研究の中心人物である高橋琢哉教授(顔写真)が言う。

「AMPA受容体はグルタミン酸受容体のひとつで、認知機能や運動機能など中枢神経系のほとんどの機能に関わる脳内で最も重要なタンパク質です。この化合物には、シナプスへのAMPA受容体の移動を促進させることにより“可塑性”を上げる作用があることが分かったのです」

「可塑性」とは、外界からの入力により脳が変化することで、「記憶」や「学習」などが代表的な例となる。脳の可塑的変化は、AMPA受容体がシナプスに移行することで行われる。脳卒中後のリハビリによる機能回復も、この可塑性を利用したものだ。

■マウス、カニクイザルの実験では脳卒中のリハビリ効果が劇的向上

 これまで脳卒中後の機能回復は、リハビリを行うしか方法がなく、介入する薬がなかった。今回の実験によって、化合物がリハビリ効果を大きく促進する新薬候補となることが証明されたという。

「この化合物は新しい概念の薬剤だと言えます。それはリハビリに依存的に回復を促進させるからです。実験ではマウス脳損傷モデルを使ったのですが、化合物投与とリハビリを併用すると約50日で損傷前と同じ動きができるまで回復しました。一方、同じ期間で『化合物のみ』『水のみ』『水とリハビリの併用』の群では、回復の程度はどれも損傷前の半分以下という結果です」

 また、人のように指で物をつまむ動作を評価できるカニクイザルを用いた実験では、化合物投与とリハビリを併用した群では、約30日で狭い隙間から落とさずにエサを取る細かい作業ができるまで回復したという。

 今後は、脳卒中後の回復期リハビリを行っている患者を対象とした企業主導の治験(第2相)が行われる予定だ。

 このような化合物の特定ができたのも、同研究室がAMPA受容体のシナプス移行を生体内で調べる技術を確立しているからだ。

 ちなみに、2年前には、マウスを使った実験で脳の海馬に移行したAMPA受容体がトラウマ(恐怖記憶)の原因であることを突き止めている。そして、そのAMPA受容体だけを選択的に消去する技術の開発に成功している。 

 心の傷に起因した障害の新規治療法開発の糸口が期待される一方、脊髄にAMPA受容体が多く移行しているといわれている慢性疼痛の治療として応用できる可能性もあると考えているという。

「私の研究スタンスは『ヒューマン・バイオロジー(人の生物学)』と、それを根拠にした動物モデルを用いた研究の『融合研究』です。人への応用を考えていく中で、新しい病気の概念や新しい診断・治療の概念をつくっていきたいと思っています」

 AMPA受容体はタンパク質なので、薬の標的にもなり得る。目が離せない研究テーマだ。

▽1995年慶応義塾大学医学部卒。2000年米・エール大学大学院博士課程修了後、コールド・スプリング・ハーバー研究所(ポスドク)を経て、06年から現職。11年より放射線医学研究所・客員協力研究員を兼任。〈所属学会〉日本神経化学会、日本神経科学学会、日本生理学会など。

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