2018年 がん最前線

生稲晃子さんがん闘病を語る「5歳の娘に言うべきか悩み」

生稲晃子さん
生稲晃子さん(C)日刊ゲンダイ

 漫画家のさくらももこさん(享年53)の突然の訃報に驚いた。乳がんを患っていたさくらさんは、一部報道によると40代半ばから約10年にわたる闘病を続けていたという。

 芸能界では、山田邦子、麻木久仁子、北斗晶、だいたひかるらが乳がんと闘い、克服している。そのひとり、おニャン子クラブの元メンバーで、女優の生稲晃子さんは、2015年11月、右乳房の全摘、再建手術などを公表した。今回のさくらさんの死に際して、「『ちびまる子ちゃん』は娘と楽しみに見ていたので残念です」と言う。

 そんな生稲さんのがん発覚は43歳になった11年4月で、約5年間、周囲に伏せていた。

 たまたま受けた人間ドックで乳がんの告知を受けた。

「ショックだけでした。『どんな人生が待っているのだろう』と、不安で、頭の中は埋め尽くされました。夫は冷静に受け止めてくれていました。悩んだのが、5歳だった娘に言うか言うまいかでしたが、この子にも母親の状態を知っておいてほしいし、理解をしてくれると信じて話しました。娘は、『ママの入院が嫌、ママが死ぬのは嫌』と泣いていましたが、その泣く姿を見て、小さいながらも理解をしてくれたのだと安心しました」

 1度目の手術は、1センチに満たない小さな腫瘍の摘出。3泊4日ほどの短期入院だった。

 だが、翌年に再発、右胸に悪性腫瘍ができた。この時も、外来手術で切除し、その後はホルモン療法と定期検診を続ける。抗がん剤は不要だったため、普段通り仕事は続けた。

 死の恐怖がよぎったのは、13年10月の2度目の再発。医師の触診で発覚する。

「2度目の再発の時は、とてもつらかったです。最悪の場合も考えなければいけないのかもしれないと怖かった。でも、家族はいつも普通でいてくれました。だから私も普通に家事をし、子供の世話ができました。『やはりこの家には私がいなければダメなんだ』と思わせてくれました」

 仕事も救いだった。

「公表をしていなかったので、仕事も普通に続けていました。家や仕事場で、自分の居場所がある、自分の言葉や働きに期待してくれる人々がいるということが、どれだけ病と闘う励みになったかしれません。仕事に助けられたと思っていますから、闘病中に働くという選択肢はお勧めしたいです」

 13年12月末に右乳房を全摘し、再建手術後にファンに公表した。これまで計5度の手術を受けている。

「がんは取った後からが闘いで、治療が長きにわたる場合が多いと思います。特に乳がんは、他のがんより進行が遅いといわれているため、10年間病院のお世話になるとのこと。検査代、診察代、薬代など、しこりを取ってしまったら終わりではないことを学びました。保険を見直しておくことは大事かなと思います」

 さくらももこさんの訃報は、闘病する身内がいるサラリーマンにはつらいニュースだったが……。

「闘病中の皆さんには、つらい日もあるし、楽しい日もある、なるようにしかならない、とにかく一日一日を穏やかな心で普通を保って、共に頑張って生きていきましょう、とお伝えしたいです」

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