そうしたさまざまな障害があったことで、手術の途中で「こうしておけば……」という気持ちが頭をよぎったのは事実です。しかし、患者さんのためにも引き返すわけにはいきません。拍動を抑える薬がないのであれば、いかに心臓をより自分の手元に近いところに置いて操作できるようにするかを考える。環境が整っていないなら、その中で工夫しながら対処するしかないと、自分自身の“初期化”を行ってやりきりました。
結局、最終的には納得のいく内容で手術を終え、現地の関係者にも驚かれました。
自分自身にも大きなプラスがありました。ベトナムでの手術を経験して、日本では恵まれた環境で手術をしていることにあらためて気づかされました。さらに、帰国して最初の冠動脈バイパス手術に臨んだとき、これまでより心臓が大きく動いていても、まったく気になりませんでした。“怖さ”がなくなったことで、今までよりもさらに素早く処置を終わらせることができたのです。
年を重ね、必要以上に慎重になっていた自分がまた若返った感覚です。動きが重くなったパソコンを初期化したようなものかもしれません。そうした意味でも、ベトナムでの経験は貴重なものになりました。
天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」