がんと向き合い生きていく

ネット社会で納得した治療を受けるためには信じて任せる

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 花屋を営むWさん(48歳・男性)は下痢と腹痛があり、A内科医院を受診しました。その医院は自宅のすぐそばにあり、Wさんは長年、なんでも相談し、最も信頼していました。

 腹部超音波検査を受けている最中、Wさんは同医院のA医師から「膵臓の尾っぽあたりに瘤がある。K病院、外科のH先生を紹介します」と言われ、言葉が出ないほど驚きました。自宅に戻ってからネットで調べてみると、K病院はがん拠点病院で、H医師は膵臓がんが専門のようでした。

 A医師ははっきりとは言わなかったが、自分はきっと膵臓がんだろう。それなら、もうダメかもしれない。Wさんはそう思いながら、2日後に紹介状を持ってK病院を受診しました。

 すぐにH医師から造影CT検査を指示され、3時間後にその結果の説明を受けました。

「膵尾部のがんだと思われます。左の腎臓にも少しかかっています。それでも腹膜播種がなければ、がんは手術で取れる可能性が高いと思います。外来で抗がん剤治療を3回ほど行ってから手術がいいのではないでしょうか」

 H医師が誠実に見えたこともあり、Wさんは「よろしくお願いいたします」と返事をしました。そして、抗がん剤と手術の説明書などをもらって帰宅しました。

 H医師から「膵尾部がん」とはっきり言われたWさんは、数日は食事が取れないほど気落ちしていました。それでも、入院したら奥さんに仕事を引き継がなければならないので、業者の手配や帳簿の付け方などを教えて日々を過ごしました。

 ただ、気が付くと手元のスマホで膵臓がんに関するサイトを何度も見ていました。ネット上には「抗がん剤は無意味だ」「手術をしても意味がない」など、たくさんの情報が出てきました。そうしたネット上の悪い情報を打ち消すためには、自分が信頼するA医師が紹介してくれたH医師を信じる。そう思うことが、自分の唯一の味方だと思いました。

 K病院の外来で抗がん剤「ゲムシタビン」の点滴が始まりました。治療前にH医師から「腎機能も良く、薬は成人の全量でいきます」と言われました。点滴後は特に症状もなく、「抗がん剤は思ったより大丈夫だった」とホッとしました。

 2週目も特に問題はありませんでしたが、3週目に「白血球数が2500に減っています。今週は休み、来週に延期します」と言われました。それでも3週目の抗がん剤治療は無事に終わり手術に臨むことになりました。

■ネットで調べても混乱するだけ

 手術は合計6時間もかかりましたが、翌朝、H医師は「肉眼ではがんはすべて取れました。がんが進んでいた左の腎臓も取りました。体力が回復したら、また再発予防のために抗がん剤治療を行います」と笑顔で話してくれました。手術後の経過も順調で、10日後に退院。近所のA医師に報告に行くと、とても喜んでくれました。さらに、Wさんは率直な不安を打ち明けます。

「でも、また抗がん剤治療です。今度は腎臓が片方しかありません。薬の量はどうなるのでしょうか? もし、量を減らしたら再発のリスクが高くなるのではないかと、とても心配です。たくさんネットで調べましたが、どれが正しい情報なのか分かりません」

 すると、A医師からこう言われました。

「あなたが全て納得して治療を受けることも大事ですが、薬の量などは経験の豊富なH医師に任せなさい。シロウトがネットで資料を集めてどれを信じるのですか。ネットを見るのはやめなさい。あなたが混乱するだけです。友人の精神科のB教授も、ご自分が抗がん剤を受ける時、量などは全て主治医に任せました。あなたはH医師を信頼しているのでしょう?」

 現代社会では、患者がただ「お任せします」と言うのではなく、患者が全てを知り、理解し、納得して治療を受ける――これを真のインフォームドコンセントとしています。医師は懸命に説明し、医学のシロウトである患者はたくさんのことを知らされ、必死に理解しようとします。治療にあたってこれを繰り返すのですが、本当に患者は全てを理解し、納得できて治療を受けているのか。信頼という要素で納得している場合も多々あるのが現状といえます。

 ネット社会のがん治療には、考えるべきことがまだたくさんあります。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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