患者が語る 糖尿病と一生付き合う法

起きたら全身不随状態 何が起きたのか全く分からなかった

平山瑞穂氏
平山瑞穂氏(C)日刊ゲンダイ

 低血糖を起こし、しかも自分では対処しきれない状態になったとしても、妻などが身近にいれば、最悪の事態は回避することができる。

 しかし、たまたまそばに誰もいなかったとしたらどうなるのか。僕はそれもすでに経験している。

 わが家は共働きで、日中は僕が家に一人でいることが多い。その間は、食事も自分で作って片づける。ある日僕は、いつものように、食事の30分前に打つタイプのインスリンを打ってから、昼食の準備に取り掛かった。

 そこまではいい。キッチンで作業をしていた記憶も残っている。ところが気がつくと、僕はなぜか寝室のベッドに寝ていて、窓の外は真っ暗になっていた。

 何が起きたのかまったくわからなかった。起きようとしても、ほぼ全身が不随に近い状態になっている。激しい尿意を感じているのに膀胱(ぼうこう)をコントロールできず、大人になってから初めて失禁をした。ただなす術もなく、股間周辺が生暖かく濡れていくのに任せるしかなかった。

 どうやら低血糖で倒れたらしい、とようやく合点がいった僕は、身をよじってなんとかベッドをおり、かろうじて動く両腕だけを使って廊下を這っていった。そして冷蔵庫に常備してあるキットカットを払い落とし、むさぼり食った。包装を破る力さえ出ないので、歯で噛み切った。

 そうして40分ほどすると、なんとか立って歩けるようになった。

 なぜベッドに横たわっていたのかは謎だ。おそらく食事の準備中に意識障害が起きて、「眠いから少し寝よう」とでも思ったのではないか。すでに注射を打っているのだから、寝てしまっていいはずがないのに。

 記憶が途絶えた時点から、5時間ほどが経過していた。自然に意識が戻ったのは、たぶん、タンパク質や脂肪なども朝食で取っていたおかげだろう。それがゆっくりと分解されることで、血糖値もじわじわと上がってきていたのだ。低血糖は対策が遅れれば死ぬ可能性もある。まかり間違えば、そのままあの世行きだった。

平山瑞穂

平山瑞穂

1968年、東京生まれ。立教大学社会学部卒業。2004年「ラス・マンチャス通信」で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。糖尿病体験に基づく小説では「シュガーな俺」(06年)がある。

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