8月中旬に出向いたベトナムでは、4例の手術のほかに国防医科大学の学生と研修医を相手に1時間ほど講義を行いました。私が日本語で話し、通訳担当者にベトナム語に訳してもらう形で、ベトナムの医療の印象や日本の医学教育の実情などをお話ししました。現地の先生方、とりわけ医科大学の学長には熱心に耳を傾けていただけたように思います。
手術と講義以外にも、今回の“遠征”ではもうひとつ狙いがありました。日本の医学生と研修医を留学という形でベトナムに受け入れてもらう計画を進めることです。
前回もお話ししましたが、いまのベトナムの環境は30~40年前の日本を見ているかのような印象です。公衆衛生が不十分で、感染症対策も遅れています。そのため、日本では激減している“過去の病気”がまだたくさん見られます。日本では昭和40~50年ごろに多かったリウマチ性の心臓弁膜症もそうですし、胃がんもそのひとつです。
上下水道が整備され、清潔な食べ物を口にするようになるなど公衆衛生が整い、胃がんの原因となるピロリ菌の感染が減っている日本では、世代が若くなるほど胃がんがほとんど見られなくなっています。それに伴い、いまの医学生や若い医師は実際に胃がんを診たり、手術をする機会も減っているのが現状です。
ベトナムで見られる胃がんは進行がんが多いことと、医療費の関係から日本のような腹腔鏡手術や抗がん剤治療は縁遠いため、いまの日本では減っている通常の手術を学ぶことができ、若い外科医にとって大変勉強になります。胃がんについて、いくら教科書で勉強しても「百聞は一見にしかず」で、実際に自分の目で見て症例を経験しなければ身になりません。だからこそ、医学生や若手医師をベトナムに派遣し、いまの日本では経験できなくなっている病気に触れる機会をつくりたいと考えているのです。
またベトナムでは、医学生が手術などの現場に参加できる環境にあります。米国、カナダ、豪州などの場合、治療に加わるためには現地のライセンスを持っていなければなりません。ドイツをはじめとした欧州も手間のかかる申請が必要です。そうした点から見ても、ベトナムは医学生や若手医師が学ぶ環境としてうってつけといえます。
■超高齢社会の日本は“お年寄りの病気”が多い
さらに、日本の若い医師たちにとって、ベトナムはモチベーションをアップさせることができる場所ではないかと考えています。いまの日本は深刻な人口減少社会です。高齢化が加速していて、85歳付近の人口が最も多い、いわゆる棺桶型の人口構造になっています。そして、疾病に関してもその人口構造に即した状態になっていて、高齢者に多く見られる病気が増えているのです。
すると、医学生や若手医師の知識や経験も終末期や介護といった“お年寄りの病気”に関係するものに偏ってしまいます。たしかにそれも大切ですが、医療従事者として暗い気持ちになることも事実です。いまの日本では、「働き盛りの患者さんの病気を治して、無事に社会復帰する手助けをする」といったモチベーションが上がる医療活動が減ってしまっているのです。
われわれが若い頃は、そこまで高齢化が顕著ではなかったこともあって、医師としてのやりがいや充実感を感じながら医療活動に従事することができていました。しかし、いまの医学生がこれから医師になったとして、果たしてそうした充実感を感じることができるのだろうか……そんな危機感を抱いています。
だからこそ、われわれの世代の医師は、若手が高いモチベーションを持って医療活動に携われる場所を探してあげなければなりません。そしてそれは、ベトナム、中国、インドといった日本に比較的近いアジア諸国にあるのではないかと思うのです。
そうした狙いをすべてお話ししたわけではありませんが、若手医師のベトナム留学を希望している旨を現地の医科大学の学長に持ちかけてみたところ、「それはぜひやりたい」と歓迎してくれました。現地の外国人医師向けの立派な寮を医学生に使ってもらい、食事もすべて面倒見るという約束までしてくれました。
日本、ベトナムの両国の医療にとって、どちらにもプラスになるような交流を今後も続けていきたいと考えています。
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