がんと向き合い生きていく

がん治療が終わってから子供をつくる患者はたくさんいる

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 若い世代の代表的ながんは、白血病、悪性リンパ腫、脳腫瘍、甲状腺がん、卵巣がん、子宮頚がん、乳がん、精巣がん、骨軟部肉腫などが挙げられます。これらのがんを克服して、完治される方が多くなった現代において、がん治療が終わってから子供をつくられる方はたくさんおられます。しかし、もし「子供が欲しいのにつくれない」となれば本人たちにとって大きな問題です。

 がん患者が手術で卵巣や子宮を失う場合、あるいは放射線治療や抗がん剤で、卵巣・子宮、精巣にダメージを受けて子供をつくりにくくなる、つまり「妊孕性」(妊娠する力)が失われる、あるいは低下する場合があります。このことについて、医療はどう対応しているかをお話しします。

 病院事務職員のRさん(43歳・男性)は、結婚して半年後、頚部のリンパ節が腫大し、生検で悪性リンパ腫(びまん性大細胞B細胞型)と診断されました。CT検査では腹腔内リンパ節も腫大していることがわかり、ステージⅢでした。

 抗がん剤治療で治癒を目指すことになりました。しかし、その前に夫婦で相談して治療開始を数日延ばし、産婦人科のある病院で精子を保存してから治療が開始されました。

 悪性リンパ腫での抗がん剤治療は、3~4週に1回の投与を8回繰り返すスケジュールで、3回終了時にはリンパ節はほとんど消えました。この頃、同時に奥さんは体外受精が成功し、10カ月後にはかわいい女児が誕生しました。

 Rさんの治療も完遂し、5年後には悪性リンパ腫は治癒と判断されました。この間、Rさんは外来診察の時にいつも娘さんがすくすくと成長されている写真を見せてくれました。

 男性の場合、抗がん剤治療によって精子は遺伝的欠損を誘発しやすいので、少なくとも抗がん剤治療中には子供をつくらない方がいいといえます。

 また、抗がん剤治療で精子数は一時減少しますが、治療が終了してしばらくたつと数は回復することがほとんどです。

 ただ、無精子症になってしまう方もおられます。

 そのため、男性の妊孕性低下の対策のひとつとして、抗がん剤治療前の精子凍結が有効で、確立できている方法です。思春期前の男性がん患者の精巣組織凍結という方法は、現在、研究段階のようです。

■女性の卵子凍結保存は男性ほど簡単ではない

 女性の場合では、大半の抗がん剤は卵巣に直接作用し、卵子の発育を変性、破壊し、卵巣機能障害を起こします。もともと卵子は絶対数が少ないので、卵子が発生しなくなると月経が停止してしまいます。これは抗がん剤の種類、量、治療期間、そして年齢も関係するようです。

 治療前に卵子を凍結保存する方法が考えられますが、男性ほど簡単ではないことがあります。ホルモン剤投与などにより、時期を合わせて採取して成熟卵子を保存する手順になるのですが、がんの治療開始まで、時間があるかどうか(待てるかどうか)が問題となります。

 最近は月経周期に関係なく採卵する方法も検討されているようです。成熟卵子凍結法は確立していますが、卵巣組織保存、受精卵凍結保存などは、まだ研究段階のようです。これらの凍結保存に関しては、がんの治療担当医、産婦人科担当医が患者によく説明し、患者の十分な理解がとても大切だと思われます。患者にとっては、がんを宣告され、その治療法ばかりではなく妊孕性の問題も提起され、「心」が大変な状況であるのは間違いありません。

 がん治療医は「何よりもがん治療を最優先する」ものです。しかし、特に若い世代の一人一人の患者に対し、妊孕性を温存した治療法の有無や可否、生殖医療を専門とする医師との連携、がん治療開始が遅くなっても大丈夫なのか……といった点を十分に検討し、患者の理解、意思決定のために十分な情報を提供する必要があると思います。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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