人は遺伝子の奴隷なのか

同じ環境で育った双子でも大半は同じ病気にならない

遺伝子は逃れようのない運命ではない?(きんさん、ぎんさん)
遺伝子は逃れようのない運命ではない?(きんさん、ぎんさん)(C)共同通信社

「親もハゲているから、自分の髪が薄いのも仕方がない」「太るのは、親が太っているせい」――。

 人は自分に不都合なことを遺伝のせいにしがちだ。遺伝とは、親から受け継いだ形質(姿、形、性質)のこと。人の形質や病気は奴隷のように遺伝子に支配され、そこから逃れることはできないのだろうか?

「日本人の遺伝子」(KADOKAWA)の著者で、国際医療福祉大学病院内科学の一石英一郎教授が言う。

「そんなことはありません。親から子へ形質を伝える遺伝物質である遺伝子は、生まれついた『運命』ではなく、生まれたあとの『環境』によっても大きく変化します。ヒトを構成する37兆個の細胞一つ一つの核のなかに設計図となるDNAが入っています。それが読み取られ、さまざまなものがつくられるのですが、環境によってそこからつくられるものは変化します。これをエピジェネティクスと言います」

 それは双子を見るとわかりやすい。双子はDNAと遺伝子を共有し、子供の間はほぼ同じ環境で育つのに、大半は同じ病気にかからない。死ぬ時期もバラバラだ。

 有名な双子研究のひとつにスウェーデンの4000組の双子を36年にわたり追跡調査したものがあるが、一方が心臓の病気で死亡した場合、もう一方が同じ病気で亡くなる確率は、男性40%、女性30%。命に関わらない心臓発作での相関関係はさらに希薄だったという。一方で、米ニューイングランドの住人5000人を調査した研究では、幸せな人は幸せな人同士、不幸な人は不幸な人同士が集まって暮らす傾向があり、その傾向は遺伝子や家系では説明できなかったという。

 では、なぜエピジェネティクスが起きるのか? DNAは簡単には変化しない。そのため、ジャンクDNAなどが関係しているといわれている。DNAの98%はジャンクDNAと呼ばれ、古い遺伝子の断片や反復しているような領域がある。かつてはその存在理由がわからず、遺伝子としての役割を果たしているのは残り2%の領域に書かれた約2万2000個の遺伝子だけで、あとはゴミだと考えられてきた。

 にもかかわらず、なぜ細胞分裂時にジャンクDNAまで複製されるのか? それが謎だった。

 しかし、最近の研究でこのジャンクDNAは基本の遺伝子だけでは動かない部分を微調整することで人間をより高度化させていることがわかっている。DNAの複製や染色体の分配などのほか、ヒトの遺伝子数は2万2000個しかないのに、人を構成するタンパク質の種類が10万種類以上あるのはジャンクDNAのおかげだといわれている。

 遺伝子は逃れようのない「運命」ではなく、本当に変えられるものなのか? それが本当でも生まれながらの「傾向」はどの程度影響するのか。次回からは一つ一つの遺伝子について考えてみよう。

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