がんも治療可能な時代 病院が風邪治療に消極的なのはなぜ

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

「病の帝王」がんですら治療可能とされる時代でありながら、いまだに風邪の有効な治療法は見つからず、医師も積極的に治そうとしないように思える。なぜか? 弘邦医院(東京・葛西)の林雅之院長に聞いた。

 風邪は、鼻水、咳、喉の痛みが同時に存在すると診断されやすい病気だ。

 しかし、確定診断は最も難しい疾患のひとつといわれている。

「風邪ウイルスはコピーミスで多くの新種が生まれるため特定が難しいし、そのメリットは少ない。そのため重大な別の病気が隠れていないことを判断する、除外診断はしても風邪の原因を特定できないまま対症療法しているのが実情です」

 風邪はウイルスによるものが8~9割で、風邪ウイルスは少なくとも200種類以上発見されている。コクサッキー、エンテロなど夏に流行する風邪ウイルスのほかに、ライノ、コロナ、RSなど冬に流行する風邪ウイルスがある。症状はウイルスの種類による。

■接触感染などで侵入

 風邪ウイルスは接触感染や飛沫感染などにより、ヒトに侵入する。接触感染の典型はヒトが、風邪ウイルスが付着した手で鼻をほじったり目をこすったりすることで始まる。目に入ったウイルスは涙腺を伝って目から鼻に移動。鼻道のネバネバした粘膜をすり抜けて喉の奥の咽頭扁桃にたどり着く。そこで自分よりも何千倍も大きなヒトの細胞の表面にある特殊な受容体と結合。ウイルスはヒトの細胞の内部への侵入を果たす。その後ウイルスは、その細胞が分裂するときに使うコピー機能を乗っ取って自分の複製をつくっていく。新たに生まれたウイルス粒子はやがて大量放出され、次の宿主となる細胞に感染していく。

■1週間で自然に治る

 苦労して人体の細胞内で増殖したウイルスだが、やがて人間の免疫組織が動きだすと急速にその数が減っていく。

「このため多くの医師は風邪はすぐに通り過ぎる、軽い病気という認識があります。風邪という軽い負荷をかけることでヒトの免疫機能が鍛えられると考える医師もいます」

 ライノウイルスの場合、体内に侵入して風邪症状が出るのが10~12時間ほど。感染2~3日で症状のピークを迎え、健康な人の風邪なら7~10日間程度で自然に消滅する。

「ウイルスは細菌と違って単独で増殖できませんし、新たな感染先を見つけるには、ある程度宿主が元気で自由に歩き回ってもらわなければなりません。だからこそ『無能なウイルスは宿主を殺すが、賢いウイルスは宿主と共存する』といわれるのです」

■「毒性」が弱い理由

 そもそもヒトは大半が無害である微生物が何兆個も集まってひとつの生態系をつくっている。

 ヒトはウイルスを寄生させ居心地の良い場所を提供する代わりに、食べ物の消化を助けて免疫機能の調整などのために働いてもらっている。

「風邪ウイルスも自身の子孫を残すため、毒性を弱めて人間と共生している微生物の仲間に加わろうとしているとの考えがあります。何世代にもわたり、人間に感染して体内に居場所を見つけようとしているというのです。だから生活によほどひどい障害が出ない限りは積極的に治療する必要はないと考える医療関係者もいます」

 ちなみにインフルエンザも風邪の一種。健康な人なら特別な治療薬などなくても自然と回復する。

 ただし、感染力・病原性が強く生活への影響が風邪の比ではないため、特別の措置をとっているにすぎない。

■風邪薬は意外に怖い

「風邪薬は症状を緩和しても、風邪は治しません。これは医者の常識です。風邪薬で風邪が治ったという人は薬で症状を抑えている間にヒトの免疫反応により風邪が治った可能性が高い。風邪の8割以上を占めるウイルス性の風邪に抗菌薬は効きません。むしろ、風邪薬には多数の副作用が報告されている。必ず治る風邪のためにリスクを冒す必要はない、という医療関係者も少なくありません」

 実際、風邪に抗菌薬を処方され下痢や肝機能障害を起こすこともある。市販の風邪薬で高熱や全身倦怠感を伴い、全身に紅斑、びらん、水疱などが多発し、表皮の壊死性障害を認めるスティーブンス・ジョンソン症候群になった例も報告されている。

「風邪症状が2週間以上続いたり、いつもと違って急に喉が痛くなって呼吸しにくくなったり、症状が耐えられないほどひどくなったりした場合は風邪に似た別の病気かもしれません。すぐ病院に行く必要があります。しかし、持病のない、健康な人が風邪をひいた場合は、人混みを避けて食事や睡眠に気をつけて休養すれば十分です」

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