意外に知らない…前歯治療は保険が利かないといわれる理由

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 あなたは前歯の虫歯治療のため歯科医院を訪れた際、「保険診療だと使える素材も限られるし、長期間使うと色が変わる場合もあります。自由診療でどうですか」と言われたことはないだろうか? 改めて費用を計算してもらうと数千円がウン十万円に。本当に保険で前歯を治療するのと自由診療で行うのとでは出来栄えに差があるのか? 自由診療専門の歯科医師で「八重洲歯科クリニック」(東京・京橋)の木村陽介院長に聞いた。

 歯の治療を保険のみで行うか、自由診療で行うかの違いはたくさんある。保険診療では、治療に使える素材、やり方など細かく制限されている。一方、自由診療では詰め物・かぶせ物の素材を歯科医が選択し、患者の状態などに合わせた提案が可能となる。その中で患者がよく聞かされるのが素材の違いだ。

「前歯の治療を保険だけで行う場合、かぶせ物や詰め物の材料は白い硬質レジンが使われます。レジンとはプラスチック製樹脂のことで、強度がある半面、吸水性があるといわれます。そのため『プラークが付きやすく、口臭が出やすい。使っているうちに着色して変色したり、すり減って内面の金属が露出して歯ぐきが黒くなる場合があります』などと説明される患者さんは少なくありません」

 一方、自費診療の場合はプラスチック以外にもさまざまな材料が使われる。例えば、セラミックだ。かぶせ物をする場合、通常は金属で補強する内面をジルコニアで製作し、その上にセラミックを使うオールセラミックが可能になる。これについて「金属を一切使わないので金属アレルギーは出ないし、長年使っても変色や変形、腐食、吸水による口臭が出にくい」などとそのメリットを強調した説明がなされる場合が多い。

 しかし、どちらも保険診療から自由診療へ誘導するための常套句だと木村院長は言う。

「保険診療での前歯の治療が、自由診療のそれと比べて機能的に大きく劣るわけではありません。歯科医師の腕さえあれば見た目もそれなりに満足できるものになるはずです。そもそも前歯の虫歯は目立つため、かぶせ物が必要となるほどひどいケースはあまりないはず。保険診療でも使われるレジンでも丁寧に詰めればどこに埋めたか分からないよう治療することは可能で、大体は長期的に問題なく過ごせます。むしろ、かぶせ物をすると歯は大きく削られてしまい、歯の寿命を短くしてしまう。慎重でなければなりません」

 ただし、前歯なしは見た目が悪いため、できるだけ短期間ですべてを終えなければならない。そのため歯科医師は、ある程度の腕が必要となるという。

「どんな歯も、再治療となれば削らなければなりません。しかし、他の歯に比べて小さい前歯は何度もやり直しはできません。どの歯もできるだけ短期間で根管治療、修復治療、かぶせ物、ブリッジ治療を終えることが基本です。しかし、審美的に前歯はそれがより強く求められるのです。歯科医師は短期間の治療を可能にするさまざまな知識と経験と、技術、治療・検査の装置など総合力が必要とされます」

■費用の違いは何の差なのか?

 むろん、歯科医師の多くはこうした腕は持っているだろうが、問題はそれを丁寧に行うのに必要な時間をかけられるか、だ。

「私は自由診療で歯科診療をしています。そのため、ひとりの患者さんの診療に半日から1日かけることも珍しいことではありません。しかし、『この治療は保険点数〇点◯◯円』と国によって金額が決められている保険診療ではそうはいきません。限られた時間と予算の中でできる範囲でしか治療を行えないのです。その結果、とにかく患者さんの数をこなすという場合もあり、満足のいく治療ができないケースも出てくるでしょう」

 つまり、患者から「前歯を保険診療の範囲内でやってください」と言われて、「自由診療での治療はどうですか」と提案する保険診療の歯科医院の中には、暗に「歯科医院としても満足できる治療を行うためには、それなりの治療時間を確保するための費用が必要」と言っている場合もあるのだ。

「いまや歯科医院の数はコンビニエンスストアより多いとされており、競争が激化しています。そうした中、患者さんは①評判が良くて混んでいる保険診療の歯科医院の10分診療を選ぶ②評判がイマイチで患者が少ないが、時間をかけて治療はしてくれる保険診療の歯医医院を選ぶ③費用はかかるが、制約がないため十分な時間と患者の状況に沿った素材を使う自由診療専門の歯科医院を選ぶ――から選択しなければなりません。そうした中で、中高年の患者さんが満足のいく前歯治療を受けるには、必要とされる治療レベル、歯科医院の経営状況のバランスを知ったうえで治療場所を選ぶ必要があります」

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