がんと向き合い生きていく

大きな病院から捨てられた…そんな思いを抱く患者もいる

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 ある地方を旅行した時のことです。この地域の中核となるZ病院が新しくできたと聞いて、宿泊した旅館の従業員に話しかけてみました。

「大きくて立派な病院ができて良かったですね」

 しかし、その従業員は「建物は立派だけど、Z病院の評判は良くないのです」と言って、話し始めました。

「大腸がんの手術をした85歳の老人が、この間、ひどい下痢で入院させてもらって、10日くらいで下痢は止まりました。そこまでは良かったのですが、入院中にすっかり足が弱ってしまったため、『リハビリして一人で歩けるようになってから退院したい』と希望したら、担当医から『ここは旅館ではない』とか『社会的入院はない』と言われたそうです。さらに、『入院していたいなら、G病院に転院したらどうですか』と突き放されたといいます。結局、老人はG病院に転院したのですが、G病院の建物は古く、リハビリの設備もZ病院とは大きなギャップがありました。驚いた老人は『Z病院を追い出された』と口にしています」

 この話を聞いた私は、Aさん(58歳・男性)のことを思い出しました。

 Aさんは大きなF病院で胃がんの手術を受け、その後、外来で定期的に抗がん剤の点滴と内服治療となり、1年間がんばってきました。

 しかし、がん性腹膜炎が悪化して、たまった腹水を抜くようになり、食事もあまり取れなくなって個室に入院しました。

 点滴などの治療を行いましたが、病状はなかなか回復しません。そして入院してから2週間が過ぎた頃、担当医から「この分では在宅で過ごすのは無理そうなので、B病院に移ったらどうですか?」と言われたのです。

 Aさんはがんに対しての積極的治療はもう無理であることを受け入れ、転院することにしました。そしてF病院を出る時、外来で知り合ったある患者から「もっと料金の高い個室に入っている患者は、病院を移れとは言われないそうだ」と聞かされたそうです。

 AさんがB病院に移ってすぐに気付いたのは、建物の古さ、暗さ、壁の染み、トイレが遠いことなどでした。それなのに、個室料金はF病院と同じでした。Aさんは、「自分はF病院に捨てられた……」と家族に漏らしたといいます。

 私は以前、B病院を訪ねたことがあり、その古い建物とF病院を思い浮かべると、「なるほど」と納得してしまいました。

■転院を勧められた施設でギャップを感じる

 この10年余り、がん対策基本法・基本計画もあって、がん拠点病院などの大病院は立派な建物と設備、スタッフも充実したところが多くなりました。大病院にはがん患者がたくさん集まり、がんの種類や進行度、治療法などによって異なりますが、短い入院期間で、多くは外来での治療が中心になります。

 もし、治療が困難となり、がんが悪化して入院期間が長くなりそうになった場合、病状などにもより、これも一概には言えないのですが、在宅医療とかホスピス、あるいは中小規模の病院へ移るのを勧められることがあります。患者は、以前から覚悟はできていたとしても、この時はいよいよ死が迫ったことを実感し、心は大変なことになっていると思います。

 その上、さらに転院した病院の建物の古さ、暗さ、設備など、大病院とのギャップを目の当たりにしたことで、人生の最後になって「大病院から追い出された」「捨てられた」といった思いを抱く患者がいるのです。

 もちろん、建物は古くて小さくとも、スタッフが親切で、患者の心に添ってくれて、患者から「ここに移って良かった」と感謝される病院もあります。

 病院機能の分化が進み、大病院、中小病院、それぞれの事情があるのも事実です。病院の相談支援センターなどで相談し、患者自身が納得して転院を決めたはずでもあります。それでも、間もなくこの世を去らねばならない患者が、大病院から「捨てられた」と感じてしまうとすれば、医療者はその無念さ、その心を思いやってほしいのです。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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