人は遺伝子の奴隷なのか

特別な才能?世界が注目したアフリカの「金メダル遺伝子」

ウサイン・ボルト
ウサイン・ボルト(C)日刊ゲンダイ

 オリンピックの陸上競技のメダリストというとアフリカ系選手をイメージする人は多い。

 男子マラソンではアベベ、ウォルデなどのエチオピア勢、ワンジル、ワイナイナやキプチョゲといったケニア勢もいて、女子マラソンではエチオピアのロバやゲラナ、ケニアのスムゴングが有名だ。短距離は北京・ロンドン・リオの男子100メートル金メダルのウサイン・ボルト(写真㊧)を含め、男女ともジャマイカ選手が活躍しているが、多くは西アフリカの血を引いている。そのためアフリカ系の陸上選手には特別な陸上競技の能力が受け継がれると考える人は少なくない。本当にメダリストには特別な才能=遺伝子があるのだろうか? 「日本人の遺伝子」(KADOKAWA)の著者で、国際医療福祉大学病院内科学の一石英一郎教授が言う。

「1998年、世界的な科学雑誌『ネイチャー』の論文を紹介したメディアが『スポーツ持久力遺伝子発見』と報じたのをキッカケに『金メダル遺伝子』が話題になったことがあります。論文は血管拡張作用と血圧に影響するACE遺伝子が、持久力に影響することを示唆したものでした」

 それによると、7000メートル級の山を頻繁に登る登山家25人は一般人2000人に比べて、2倍の確率でACEの変異遺伝子であるACEⅡが見つかったという。その後、別の研究グループが筋肉タンパク質「αアクチニン3」をコードする「ACTN3遺伝子」を新たに発見、メディアは「ランニング遺伝子」とはやし立てた。

 この遺伝子は変異すると筋肉の性質が変わることがわかっている。本来は瞬発力に関わる速筋線維の新陳代謝を促すのですが、その変異型である「R577X遺伝子」は「αアクチニン3」の生成を阻害することで持久力に関わる遅筋線維を元気にする。

 実際、北京五輪で大活躍したジャマイカ短距離チームのメンバーの75%がACTN3遺伝子を持っていたといわれ、マラソンランナーは短距離選手の2倍の割合で「R577X遺伝子」を持つと報告されている。

 では、逆にこれらの遺伝子を持つ人は、陸上選手として成功が約束されるのだろうか? 残念ながらそうではない。多くの研究が行われたが、遺伝子と成功との間に強い関連性は見られなかったという。つまり、これらの遺伝子は運動能力に多少の影響を与えることはあっても、その有無だけで将来を予想するのは不可能だということだ。

「優秀なアフリカの陸上選手の多くはごく狭いエリア出身であるため、遺伝子との強い関連がささやかれてきましたが、いまでは彼らが優秀な陸上選手になれたのは酸素の薄い高地で育ち、通学のため毎日13~16キロ走っていたからではないか、と考えられています。どんな分野でも1万時間練習すればその分野で一流になれると言います。期せずしてケニアの陸上選手は日々の生活でそれを実践していたのかもしれません」

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